【幕間】

薄暗い部屋の主はその場に現れた男を見遣った。

「咲姫は」

「眠ってる」

「そうか」

自分で決めた道とはいえ、あまりにもきつい仕打ちだ。
キリリと痛む心臓に紫苑は目を眇めた。

「それだけだから」

報告を終え、ふらりとまた来た時と同じように去って行こうとする背に、

「小童(こわっぱ)、お前が咲姫に向ける感情は___への代わりに過ぎないことを肝に銘じておけ」

男はわかっていた。

男が彼に向ける感情の名を。
だがそれを肯定するわけにもいかなかった。

なぜなら―――…

「いささか大人げなかったのではないかしら」

困った子供に言い聞かせるような母親の表情をして女が散らばった書類を集めながら紫苑へと近づいて来る。

「さっきのは貴方のただのエゴ、よね」

そんなことはわかっている、十二家を統率する男とは思えないほど弱々しい声で彼は渋々ながら認めた。

先程壊してしまった万年筆を見詰める。

それは幼き頃、周囲からの重圧に耐えかねていた少年にこれからを生きてゆくための力をくれたもの。

「どうして、咲姫ちゃんに会わないのかしら」

“かわいそうよ”

わかっている、だが。

「今、冷静に咲姫と向き合える自信がない」

じわり、じわりと広がってゆく。折れた万年筆の先から零れた黒インク。
漏れたインクは机の上に載せられていた紙を浸食し、次第に黒く染め上げてゆくであろう。

それをただじっと男は見詰めた。





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