No title
はっと、目を覚ますとそこは見覚えのない古い天井が映った。 薄暗い部屋に響く誰のモノかもわからないいびきにしばし呆然としてしまう。
そうだ、今は冬の合宿中。此処はリコが取った温泉宿だ。
なんて夢を見てしまったのだろう。と、全身からドッと汗が吹き出し慌てて自分の下半身を覗き込む。
とりあえず、事なきを得てホッとしているとふと真横に視線を感じた。
「なーにやってんだ、伊月」
「!!」
恐る恐る顔を上げると、一番見られたくない相手と視線がぶつかった。
「お、起きてたのか」
「あぁ、誰かのでけぇ目覚ましが鳴るちょい前からな。で? どんな夢みてたんだ?」
「ッ……」
ニヤニヤしながら顔を覗き込まれて、慌ててブンブンと首を振った。
口が裂けたって言えるわけが無い。日向だって、まさか自分が伊月の夢に出演していたなんて思ってもみないだろう。
「今更恥ずかしがるなよ。男同士だろ?」
顔から火でも噴きそうなほど真っ赤になってしまった伊月を見てさらに追及しようとして来る。
だが、この気持ちは絶対に知られてはいけないのだ。
最初は純粋に友達としての好意だと思っていた。いつからか、なんてもう覚えては居ないけれど気付いたら好きになってしまっていて、最近は寝ても覚めても日向の事を考えてしまうようになった。
そんな感情を持っているなんて知れたらきっと日向との関係が終わってしまう。それだけはなんとしてでも避けたい。
「い〜づ〜き〜、教えろって」
日向が布団越しに圧し掛かって来て、顔を寄せて来る。耳元に息がかかりくらくらした。
心臓が痛いほど鳴っていて苦しい。
「嫌だ」
これ以上この話題には触れて欲しくなくて毛布を強く握りしめると頭からすっぽりと包まった。
伊月が一度言い出したら聞かないのは日向もよく知っている。完全に閉じこもってしまった伊月を見て、ようやくあきらめたのかフッと圧し掛かって居た重みが消えた。
「たく、つまんねー奴だな。んなに拒否する事ねぇだろうが」
なんて、不満そうな声が聞こえて来る。
(つまんなくて悪かったな)
言えるわけが無いだろう。言ってしまったら、友達と言うポジションを失ってしまう。
この苦しい思いを伝えて、上手く行けばいいが最悪の事態になる可能性の方が高い。
だったら、この思いは心の奥底に封印して今までどうり過ごすのが得策と言うもの。
「……言えるわけ……ないだろ。馬鹿……」
周囲がちらほらと起き出してくる気配を感じながら、誰にも聞こえないようにそっと溜息を吐いた。