物語・5
「おばけ虫を百匹集める? こんな依頼があるのか?」

 日が短くなってきた夕暮れ時。

 破魔士専用の受付に来た男性へ仕事を選んでもらおうといくつか提示すると、一枚の用紙を指して素っ頓狂な声をあげられた。
『おばけ虫百匹捕まえてください。殺生なし』とだけ書かれている。
 たしかに破魔士がびっくりするのも無理はない。

 だっておばけ虫と言ったら普通は捕まえると言うより駆除するのが当たり前で、その虫自体を求める人なんか今まで私でも見たことがないのだ。私より経験豊富そうな破魔士も驚くのだからかなり珍しい依頼なんだろう。

 ところでおばけ虫という虫は、楕円形の白く透けた身体をもっていて男性の足くらいの大きさをしている生き物である。
 大人しい性格で、素手でそれに触れると手がかぶれてしまったりして大変だけれど、人間に直接物理的に害があるわけではない。
 けれど民家の屋根裏や草むらを住処にしている彼らが湧きすぎる(大量繁殖)と周りの生命力を奪ってしまうのか、その周辺に住まう人達が体調を崩したり病気になってしまったりという事例が多くあった。
 なので本当に直接的な被害ではないけれど、害虫の類であることに変わりなかった。
 繁殖能力が高いので直ぐに増えてしまうのも困りものだった。

「薬師さんが必要とされているそうで、おばけ虫の透明な体に薬の効果が期待できるみたいなんですよ」
「そうなんだ?」

 依頼主の欄には“ペドロス”と書かれている。
 そう、この依頼は薬師の彼が出した依頼だった。以前から龍の鱗など薬に必要なものを調達するためにハーレを利用し、破魔士にたびたび依頼を出してくれる常連さんでもある。
 ペドロスさんの名前を出すと破魔士の男性は「あの人の依頼なら早くやってやらないとな」と張り切ってその依頼を選んでハーレから出て行った。
 彼の薬は町でも評判で下手な貴族御用達の医師に頼るよりもよっぽど良い薬師の医者だと、平民の人達には重宝されている。それに伴い報酬もけして出し惜しみはしないので、人柄も相まってか直ぐに受けてくれる破魔士は少なくなかった。

 男性を見送ったあと、受理した用紙を掲示板から剥がすために席を立つ。
 今度はその開いたところに何を張ろうか、考えないといけない。

「ねぇねぇ、今度の会議の書記代わってもらってもいい?」
「? 書記ですか?」

 破魔士の邪魔にならないように掲示板をどう動かすか悩んでいれば、休憩から戻ってきたゾゾさんが両手を擦り合わせて申し訳なさそうに声を掛けてきた。
 用事でもあるのだろうか。
 会議の書記ならばそこまで大変なことはないので、大丈夫ですよと返す。
 書記ならお安い御用である。字を書くのもまとめるのも大好きだ。

「ごめんね〜。父親が見合い見合いうるさくって。無視してたんだけど一回くらいならって返事したやつ、会議の日だってことすっかり忘れちゃってたわ〜」
「お見合い!?」
「ちょ、しーっ!!声が大きい」
 
 すみません失礼しましたと片手で口をふさぐ。
 ゾゾさんがお見合いって。

 でもゾゾさんって好きな人がいたのではなかっただろうか。

 あくまで私の推測だったけれど、メラキッソ様の恋占いを気にしていた姿を見てきた後輩としては突っ込みどころがかなり多い。

「アルケスさんですよね?」
「何が?」
「ゾゾさんの好きな人です」
「……」

 目をパチパチさせたあと、ゾゾさんの顔はボボボッと効果音が聞こえるくらい真っ赤になった。なんてわかりやすい。
 ついでにチーナやハリス姉さんも知っている事である。当人の想い知らないのはアルケスさんと男性の職員達くらいだ。女性の職員達はそういう察知力が優れているのかゾゾさんがアルケスさんに対してあーだこーだ言っている姿を微笑ましく見守っていたのが実状である。

「皆知ってますよ」
「嘘!?」

 しかしゾゾさんがどこの馬の骨とも知らない男と見合いなんてとんでもないことになった。

「ハリス姉さん大変です、ゾゾさんがお見合いするって言ってます」

 ちょうど横を通りがかったハリス姉さんに手招きをして耳打ちする。ゾゾさんは私がそうすると思わなかったのか、目を大きくして口をあけた。

「なんですって!?」
「見合い?!」
「ゾゾ本気!?」

 波紋のように女性職員のみだけに伝わっていく。
 凄いなぁと目を見張っていると、今日は緊急会議よとハリス姉さんが女性陣皆に魔法で念を放ち始めた。
 能力の使いどころが本当に凄い。
 
「ナナリー! なんで言っちゃうのよ〜!」
「ごめんなさいゾゾさん〜!!」
「許さない〜!!!」
  
 ハーレ内を駆け回り出した私達二人は、その後所長に見つかって大目玉を喰らった。

 そしてハリス姉さんから理由を聞いた所長が私も混ざるとキラキラした瞳で見つめ始めたのは、また別の話である。

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