物語・25
 人気のない校舎の廊下を五人で歩きながら時の番人を問い詰める。
 もちろん小声でだ。

「いいですか。正直に話さないと痛い目にあいますよ」
「フン、怖くないわい」

 他の学年が授業中なのはかわりないので、注意を払いながら進む。

「で? どういうことなんですか」

 簡潔に述べなさい。
 ニケがベンジャミンの胸から時の番人を引きはがし、両手でがっしりと掴んで尋問を始めた。
 それまでお前達に用はないだの心がせまいだの小尻など、さんざん私たちに向かい(もちろんベンジャミンは除く)文句をたれていた番人は急に大人しくなった。
 冷や汗を流して目をキョロキョロさせている。
 ほれ見ろ言わんこっちゃない。

 見た目はそうは見えないけれど、この美人さんはまがりなりにも騎士団の人間である。
 小声ながら迫力は断然そこいらの強面達より勝っていた。

「わ、ワシをあの見世物小屋から持ち出したのはどこぞの令嬢で間違いはないんじゃが……」

 見世物小屋は闇市のことに違いない。

「個人の情報なぞワシゃどーでもいいんでね。……そもそも聞き出してもなんにもなんないもん」
「もんとか可愛くないし」

 頬をプゥと膨らませているけれど当然それも可愛くないし、ただやかましいだけである。

「よく無事でいられましたね」

 よく今までこれでやってこられたな。
 人形でもこんなの下手したら牢獄行きか、最悪存在を抹消されてしまうぞ。

 身元の確認は口頭で行われるのだということが分かった。
 お前は誰だと聞かれたら、はいニケ・ブルネルです。と私が答えてもいいわけだ。
 
 時間を戻ったり超えたりするというたいそうな魔法を使うのでそこらへんは厳しくやっているのかと思っていたのだが、そんな簡単にやっていたのかと思うとな怖くなってくる。
 だって私達が知らないだけでいつの間にか過去が変わっていたりするかもしれないなんて。
 考えただけで恐ろしい。
 今回はたまたま見つけたから良いものの、あまり影響は少ないとは言え気づかなかったらそのまま思い出が書き変えられることになっていたのだから。

 となると、普通の生活を送りたいという私の願いのもと世界中に書き変えの魔法を施してくれたロックマンのあれって実はとんでもなことだよな、と思い返してしまう。
 時の番人へ向けていた視線を外して思案顔をしている私に、ベンジャミンがどうかしたのかと目を丸めた。

「いや何でも」

 こほんと咳払いをする。

 でもあれはそういう迷惑なものではないし、王様の了承も貰っていたようだし他人さまの未来を変えるほどのものではないので、時の番人がしていたことは人々を脅かす行為で間違いない。
 こんなやばいやつと比べちゃ駄目だ。

「今まで何人の――」
「先生達も探検ですの?」

 今まで何人の人間をこうして過去未来に飛ばしていたのかを聞こうとした所に、女子生徒の声が掛かった。

 ニケは慌てて番人を懐へ隠すと、女子生徒側でない私たちの後ろにそっと退く。
 振り向くとロックマン達の後ろを追いかけていたはずのマリス含めた貴族女子三人がそこにいた。
 教室を出て行くときに彼について行かないのかと珍しく思ったものの、廊下を出る時に聞こえた「やっぱりアルウェス様のところに!」というまリスの声でてっきり一緒にいるものかと思っていた。
 三人は先生から渡された学校の案内図を片手にこちらを見つめている。
 彼らと一緒ではなかったのかと疑問に思い訊ねると、はぐれてしまったのだと皆してシュンと顔を下に向けた。
 確かに曲がり角は多いし途中に分岐する廊下もあるしで迷ってしまうのも無理はない。
 マリスの赤茶色の大きな瞳がうるうる揺れている。

「大丈夫ですわマリス様! アルウェス様でしたら必ず私達を見つけてくださります!」

 すると突然三人の内の一人、マリスの善き理解者兼相棒であるサリーが(勝手に私がそう思っている)にぎり拳を顔の前にかかげてそう言った。

「王子様は気長に待つものですわっ、上の階にでも行きません? さながら塔の小さなお部屋で待つお姫様の気分になりましてよ!」

 さっきまでの切なげな表情はどこかへ消えて、思いついたようにマリス達へ激をとばし続ける。もしかしたら泣きそうなマリスの顔を見て元気づけようとしているのかもしれない。
 なんて優しくていい子なんだ。

「な……なるほど!」

 幼いが一人前な女の子の発想が可愛い。
 サリーの熱が徐々に移ったのか、他の二人はうるうるさせていた瞳を違ううるうるで輝かせ始めた。
 さすが女子からの信用と信頼を得ている男、アルウェス・ロックマンである。そこらの神よりよっぽどあてにされている。
 そしてそれを目の前で聞いていた本物の王子様である、ユーピテル・トルセター先生あらためゼノン王子は、王子様はたぶん二階の芸術の部屋にいるぞ、と腰を折り親切にロックマンの居場所を教えてあげていた。おそらく昔にそこへ行った覚えがあるのだろう。

「先生ありがとう!」
「そうとなればさっそく行かなくては」

 三人はドレスの裾を持ち上げると、さぁどちらから行きましょうか、途中で鉢合わせてしまっても嫌ですし、と最初の目的を忘れているのかいつの間にか見つからずに上の階へ行くことになっていた。
 おい君たち。

「ならあっちの階段から行くと良いわよ。あんまり使う人がいない裏階段だから」
「本当ですか? 先生に感謝だわ!」

 走り去って行く彼女達の背中を見送る。

「なんで知ってるの?」
「ナル君を待ち伏せするのによく使ってたの」

 サタナースは両手で顔を押さえていた。

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