物語・21
 ロックマンの話をしている途中でふと、あれがいないことに気がつく。私達を連れて来た、そもそもの元凶であるアレ、あの人形だ。
 職員寮では皆別々の部屋を割り振られたので(職員寮は男女わかれた学生寮の真ん中にある)、寝る前にベンジャミンに抱っこされていたのを最後に、今日の朝から姿を見ていない。正直私の友人にベタベタとくっついている(特に胸のあたりに)じいさんなぞいなくてもいいのかもしれないが、この過去の世界で頼れるのは私達の中の誰かより、あの時の番人であることには違いない。
 あんな変態だとしてもだ。
 ベンジャミン以外にはあの態度だから、私達に付き合うのが面倒だからと寮に籠っているのかもしれない。

 時の番人はどこにいるのかと彼女に尋ねれば、ああそうそうトキおじさまねと、ベンジャミンは慣れた手つきで開けた白いシャツの胸元に手を突っ込んで茶色い紐の首飾りを引っ張り出した。
 ええええ、そんなところに何が。
 ちょっとまさか、まさか……

「わしゃここじゃい」
「この人形変態だよ!!」

 紐の先にくくりつけられた小袋から、ぴょこっという効果音をたてて親指くらいに縮んだ時の番人が出てきた。丸っこい赤みのある鼻を擦りながら、さもこちらも当たり前かのように袋のきわに顎を乗せてだらけた姿勢をとりはじめる。
 番人へ指先を向けて騒ぐ私に対して、そんな可哀想なことを言わないで窮屈な中にいるんだからとベンジャミンにたしなめられた。

 胸元にいて窮屈?
 このおやじがそんなことを思うわけがない。

 失礼なことを考えている私に気づいてか、胸元にしまわれている間は袋の中にいるのでまったく気にしていないのだと灰色の麻袋を見せられた。
 見ればわかるがそういうことじゃない。

「ベンジャミンの心が広くて良かったですね」
「おぬしの心が狭いだけじゃ」

 なんだとトキおじ。
 ギチギチ歯ぎしりをしながら視線を送っている私に、時の番人はそれよりあの者はなんじゃと図書室の方へ向けて、紐と繋がれた小袋をユラユラ揺らした。もう一度図書室の方へ行けと言うが、何回も行ったら怪しまれかねないので拒否をする。ただでさえトレイズのことで気づいていることはあるのかなんて、何にも知らないはずのロックマン少年から言われたのだ。
 私達のことに気づいているとかではないけれど、そんな奴がいる場所へおいそれと近づくなんてできない。

 時の番人は小さな腕を組んでヴーンと喉を鳴らした。

「あの男。すでに何かしらの「時間」の魔法にかかったことがあるのではないか」

 あの男? 

 あの男とは誰のことだと聞くと、あの金髪の男じゃと言われた。
 金髪……ロックマン?

「身体に微かにだが跡があるぞ」

 時の番人は薄目で図書室のほうを見つめる。よほど気になるのかブラブラと身体を揺らしているせいで袋が振り子のように動いていた。そんなに気になるならその袋から抜け出して自分の足で行けばいいのに、いっこうに出る気はないらしい。

 お前何か覚えはないのかと、いつの間にかゼノン王子をお前呼ばわりして聴き込んでいる。
 うちの王子様になんつう無礼なことを。
 ゼノン王子もゼノン王子で気にはしていないのか、番人の目線に合わせて腰をかがめ、聞いたことはないと真面目に受け答えしていた。
 ボードン先生のような質素で襟ぐりが詰められた服に踝まである長いローブを羽織っているせいか、彼が本当に先生に見えてきた。

「なんとも奇妙な気じゃ。ありゃなんという魔法をうけたらそうなるのか……時間の法則を打ち破っとる。あんな者の近くにおったら感覚がおかしくなるわい。お前よく隣に座っておれたのう、感心するわ」

 褒められたのか貶されたのかよくわかないが、だいぶ気になっているくせにトキおじさまはロックマンが大層苦手な様子だった。女好きは女好きを嫌いな傾向でもあるのだろうか。数奇なものである。番人の言う「気」なんて私にはわからないので、言われてもそうなんだとしか言いようがない……そうじゃなくて、そんなのは今どうでもよくて、私は今ゼノン王子に用事があるのだ。

 小さくなった時の番人を興味深げに眺めているゼノン王子に向かって、私は膝を折って両手を合わせる。
 
「殿下、あの、折り入ってお願いがありまして」
「?」
「憑いているものが見えるようになるよう、私に魔法をかけられますか?」

 私の言葉に王子は視線をさ迷わせると、ピタッと私の顔を見て止まる。

「……視卮(しし)か?」

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