物語・17
「ナートリーさんは、子ども達に教えるのは初めて?」
「初めてです。それなので緊張してしまって」

 先生達が住む寮と同じところで寝泊まりした翌日の朝、校舎内の教室へ向かう途中にボードン先生が私の緊張をほぐそうとしてなのか、沢山話しかけてきてくれた。歩き疲れるくらい長い廊下だから、その分だけ話題を提供される。
 今回の設定上、私達五人は王国の教師学校の在校生で、実習という形で校長先生が寄越した、ということになっている。細かい設定は校長先生が色々考えてくれたようで、偽名も校長が名付け親であった。たった一晩でよく仕上げられたものである。朝はワクワクと楽しそうに説明されたので、こういう潜入捜査的な物がもしかして大好きなのかもしれない。

『ほっほっほ、好きじゃよ』

 とか考えていたらほんわかとした表情で、好きじゃよ、なんてことを突然言われたので校長先生は得たいがしれない(たぶん人の形をしたおじいちゃん妖精)。
 私の偽名はナートリー・プロセルピナということになっており、ニケはユノ・オルテガ、王子はユーピテル・トルセター、サタナースはパーシアス・ガロ、ベンジャミンはアンドロメダ・ボイズ、と、こと細かく出身地から今までの学歴まで決められている。こうなってくると、校長ってもしかして今まで偽造行為とか何回か平気でやっていたのでは……と少々疑う。

『普段からしてはおらんぞ?』

 とか考えていたらニッコリ笑って釘を刺されたので、野暮なことは考えないようにした。

 友人達と別れるのは寂しいし半泣きになりそうだったが、一度馴染みのある場所へ入ってしまえば肩の力は容易く抜けた。

 ボードン先生の教室と言えば、つまりは私自身がいる教室だ。そこには当然ロックマンもいる。昔のサタナースやマリスだっている。
 トレイズは以前の通りなら私の隣の教室、ベブリオ先生が担当教師となるほうにいるはず。

「貴族の子どもが多いから大変だろうけど、あくまでも教室の中、校内での指導者は私達だからね。堂々とした態度でいなさい」
「っはい!」

 さすが私達の教室を任されるだけあってのことか、佇まいが違うボードン先生。いつでもどっしり構えて、どこか安心感を感じさせる人だった。

「ただし平民の子どもがたった二人なのを考えると、雰囲気作りも慎重にならなくてはね……。横暴な態度をとる連中もいるだろうが、きつく言い聞かせても悪化させるだけだと思ってる。平民も貴族も比べず対等に扱って、優劣がないことを示していこうか」
「……ありがとうございます」
「うん? 何のお礼?」
「いえ! 何も!」

 手を振り、そうですよね、と返す。
 ボードン先生……そんな風に考えてくれていたんだ。

 ジンと心に沁みた瞬間であった。
 
「校長も何故こんな偏りのある教室分けをしたのか……。昨日決めたらしいんだが、それにしたって謎過ぎる」

 そう言うと先生は頭を抱えだす。やはり薄々思ってはいたけれど、あの分け方は先生から見てもおかしい割り振りだったらしい。
 ボードン先生の目元のシワがさらに深くなったような気がした。





 それから間もなくして教室前に着いたので、深呼吸をしてからボードン先生の後ろについて、懐かしき室内へと入っていく。
 入る前に聞こえてきていた騒ぎ声や話し声は一瞬で静まって、生徒達が私とボードン先生の二人に集中しだしたのが分かった。

「俺はレオニダス・ボードンだ。お前達が卒業するまで一緒だから、よろしくな。それで今日はもう一人、一週間だけ実習生が補佐で入る。ほら、ナートリー」

 先生に呼ばれて、教壇に上がる。それからさらに教卓の前に立たされて、自己紹介をした。

「ナートリー・プロセルピナです。宜しくお願いします」
「ええ! 凄いですわ、先生は何故髪が青いのですか?」
「本当だ〜」
「髪を綺麗に染める魔法があったら、わたくし是非とも知りたいわ!」

 まだ幼いマリスを筆頭に(ええ!はマリス。かわよい)キャッキャと女子生徒達は頬を赤くして自分磨きに気合いが入っている。ああいう所は本当に、最初から可愛かったんだけどな。その屈託ない笑顔と歩み寄りを少しでもくれていたら、もっとはやくから仲良くできたのかもしれない。とは思うけど、あの月日があってこその私達だったので、それはそれで良いのかな。

「……」
 
 それにしてもと、あの女子生徒達が向ける視線と同じくらいの人数の女の子の視線が集まる場所があった。

「じゃあ最初は出席を――」
「いちいち構わないでくれない? 僕と遊びたいなら早口言葉で『歌唄いが来て歌唄えと言うが 歌唄いくらい歌うまければ歌唄うが歌唄いくらい歌うまくないので歌唄わぬ』って言ってごらんよ」
「遊びたいとか塵ほども思ってないし!? ふん、別に早口言ってやるけど、言えたらそっちが土下座だから」
「はい、どーぞ」
「うたうたいがきてうたうたえというがうたうたいくらいうたうまうまうたたた……あああ!!」

 先生の声を渡って、金髪少年と焦げ茶髪の少女が一番後ろの高い席で何やら言い合って騒いでいる。
 育ちの良さそうな衣服に身を包んだ少年と、質素な青い一枚布の服を来た少女。

 いつかの身に覚えのある光景に、あいつらは何をしとるんだ、というボードン先生の呟きが胸に刺さった。
 
 あれは、あれは……。

「ナートリー先生、これも勉強です」
「はい?」
「話を聞いてきてあげなさい」

 ボードン先生の有無言わせずの笑顔に何も言えず、私はあの子達の仲裁に行けと背中を押されて階段に追いやられた。

 なんで私が!?
 ここはボードン先生だろう!!

 ……あれ、でもあの時止めに来てくれたのってボードン先生だったっけ? と思い出してみるも、そうだったようなそうじゃなかったような、記憶にもやがかかったように思い出すことができない。記憶力には自信があるのに悔しい。

 カツカツと音を立てて、私は階段を一段ずつあがっていく。
 先生髪の魔法あとで教えてください、という女子生徒の声にも応えながら足を動かす。

「ええと、貴方達どうしたの? 喧嘩してるの?」

 どうしたのって、これ知ってる。
 分かりきったことを聞く自分に自分で内心突っ込んだ。

 喧嘩中の生徒二人に私が声をかけると、金髪少年がくるっとこちらを振り向いた。
 硝子玉のような赤い瞳に、丸さの残る頬、少しだけ寝癖のある短い髪、不機嫌そうに曲がった眉毛。

「僕じゃなくて、こっちのお間抜け面がうるさいんです」
「間抜けづらぁ?! もっかい言ってみなさいツルツル頭」
「は? つるつる頭?」
「何よツルツルしてるじゃない、テカテカのツルツルの金髪頭よ。将来はおハゲ確定ね」
「お前のほうこそ、おでこが広いから将来はそこからおハゲになるんだろうね。可哀想に、未来が視える視える」

 未来の私ここにいますけどね。
 
 目の前で繰り広げられるけなし合戦に、こんなにも目くそ鼻くその戦いをしていたのかと、飽きれ半分悔しさ半分、苦笑するしかなかった。

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