物語・16
 校長先生のあとについて行く。
 入学の儀の途中なので教室や廊下に生徒はいなく、職員室へと連れて行かれるようだった。
 懐かしい匂いに満ちた空間に視線をあちこちにやる。
 あの庭の噴水あんなにきれいだったんだ! と窓の外に見える女神の噴水を見てベンジャミンが嬉しそうにしていた。隣にいるサタナースがそれに対して照れくさそうにしている理由を、私達(ニケと私)は知っている。

「ベンジャミンにパートナーにって誘われたところだものね」
「ね」

 あの噴水がある場所は二人にとっての人生の分岐点と言ってもいい出来事が起きたところだ。卒業前のダンスパーティ。
 あそこでサタナースが彼女を受け入れなかったら、どうなっていたか。……もっとも、受け入れないことはないとわかってはいたし、そこで振られて諦める彼女ではなかったので心配なんてしていないけれど、とにかくあそこは大事な思い出の場所であることには間違いなかった。

「不謹慎だが、楽しいな」
「はい?」
「こうして友人達と廊下を歩くというのは。いつまでも子どもの気分でいるのはいけないが」

 ニヤついている私達の後ろで、ゼノン王子が呟く。後ろを振り向くと、天井を見上げて微笑む横顔が目に入る。

「殿下と廊下を並んで歩くのは初めてなので、私は新鮮ですね」

 ひょい、とニケが一歩下がって王子と並んだ。

「ニケは隣の教室だったもんね」
「そうねぇ。同じ教室だったとしても、畏れ多くて近づけなかったかも」
「そうか? お前は肝が据わっているから、案外そうはならなそうだが……」

 それ、肝っ玉のデカい鈍感な女ってことですか。
 凄く不満げな表情で下唇を突き出すニケに、王子は口に手の甲を当てて笑いをこらえていた。

 正直ニケならば王子の隣に友人としていても大丈夫だったろう。あの頃は王子の親衛隊の視線という見えない針が山のように背中に突き刺さっていたので、積極的に声を掛けるなんてことは頻繁には出来なかったが、それなりに自分では親しい仲になれていたとは思うけれども。突進してくるロックマンの親衛隊とはまた別の方角からの攻撃(精神的な圧力がやばい)には肝を冷やした学生時代。

「職員室だ」

 教室のものと同じく一枚板で出来た扉が見えてきた。
 壁に掛けてある石の札には【職員室】と書いてある。

「先生達も今はおらんから、適当に腰をかけていなさい」

 職員室についても中には誰もいなかった。

「ここで君達を先生方に軽ぅく紹介しようと思うとる。名前は変えなければいけないが、姿はそのままで行くかの?」
「どうしましょう……」

 この姿のままでは色々まずいような。
 とりあえず白い制服のままだったので、指を鳴らして緑のワンピースに変える。

「トレイズをおびき出すには、俺達はこの姿のままの方が良いと思う。ナナリーは髪の色もそのままでいろ」
「ちょ、なんでですか?!」
「トレイズを刺激するには一番いい。お前の水色髪見たら一発で慌てるだろうな」

 確かにおびき出すなら、王子の言う通りこのままの見た目の方が都合はいい。魔法をかけたままでいるのもしんどいし、そのままでいけるならそうした方が何かと楽ではあるけれども。
 トレイズが今どこにいるのか分からないけれど、しかしこのまま皆の前に出てしまったら……この時代の私が水色の髪に変わるのは半年は先だから大丈夫だと言えるような言えないような……。
でもトレイズを捕まえるために来たのだから躊躇している場合じゃない。

『ねぇ、校長先生も含めて、記憶は本当になくなるの?』

 ベンジャミンに抱かれたままの番人へ、こっそりと聞いてみる。

『まぁ全くなくなるわけではなく、なっかなか思い出すことはできないが、実際にはあったことになっている』 
『……ややこしいなぁ』

 完全になくなるわけじゃないという所に不安が拭えない。

「まだ型別の授業はせんからのう、三教室に分かれてつくと良い。ヘル君はボードン先生に。ブルネル君とサタナース君はベブリオ先生に。フェルティーナ君と殿下はチュート先生につきなさい」
「えっ俺ベブリオかよ! あいつ厳しいじゃん!!」

 眉間に思いっきりシワを寄せて不機嫌になるサタナースが名指しで言う、ベブリオ先生。
 ベブリオ先生は女子生徒に人気な男の先生だ。襟足の長い髪に、キリッとした眉毛、耳飾りをつけたちょっとチャラい大人。けれど見た目のチャラさとは裏腹にこれがなかなか授業熱心な先生で、生徒が魔法を成功させるまで執念深く面倒を見てくれる。礼儀や授業態度も他の先生だと、授業中寝ているサタナースを何回か起こしても駄目だった場合はほぼ放置するのだが(ボードン先生は毎回寝てても何も言わない)、ベブリオ先生は違う。授業中に寝ているサタナースがしっかりと起きるまで指で脳天をチョコチョコつつき、終いには魔法で天井から吊るす。
 私から見れば厳しいのではなく、常識の範囲内で指導しているに過ぎない。おかしいのはコイツである。

「先生達には未来から来たとは言わないのじゃぞ。あくまでも、私が個人的に用意した補助人員じゃ」
「はい!」

 そうして職員室で待っていると、入学の儀を終えた先生たちが職員室に帰ってくる。
 そこからはあれよあれよという間に校長先生の口車に乗せられ、とくに集まった先生達も疑うことなく『校長先生が言うなら』という感じで明日から授業に出ることが決まった。

「よろしくな」
 
 久しぶりに見たボードン先生たちは若かった。
 

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