物語・15
 どのみち学校の罠がどれくらいあるのかも把握は出来ていないし、引っ掛かって何処かへ追いやられたり捕まって面倒なことになるくらいなら、正々堂々と許可を得て通るのもまた一つの作戦には違いない。追い払われたらそれはそれでまた別の方法を考えればいい。
 
 指を鳴らして、私達も変身を解く。

「校長先生、私も未来から来ました! 卒業生のナナリー・ヘルです!」

 水色の髪は隠さずに大人の姿に戻る。
 私達のことは過去の人の心には残らないらしいので大丈夫だろう。

「俺も未来から来ました! ナル・サタナースです!」

「私も未来から来ました、ニケ・ブルネルです!」

「私も同じく十年後から来ました、ベンジャミン・フェルティーナです!」

 ぴしっとそれぞれ背筋を伸ばして名乗る。 
 まったく予想もつかなかった展開だが、皆でやれば怖くない。怖くない。

「おお、久しいのう……そうかそうか。校門をくぐれば君達が本当に未来から来たのかが分かるから、ほら、さっそく入ってごらんなさい」

 ふぉっふぉっふぉ、なんて笑い声が聞こえるような聞こえないような。

 手招きをする校長に、ニケがひそっと「これ罠じゃない?」と言って小さく首を振った。
 確かにここまでそんなに疑われるような態度をとられないと、逆にそっちがおかしいのではないかと疑いたくもなる。
 未来から来た生徒です! と言われて、こいつ頭大丈夫かと思うのが当然の反応だと思うのだけど、うーん……。

「校門が怖いのかね? これにはこの学校に悪意を持って入る人間、そぐわない人間、卒業生ではない人間、教師ではない人間、他にもはじき出す魔法の条件がいくつかあるのだが、こんなところじゃろうか」

 校長先生は顎に生えた長い髭をいじりながら微笑む。

「今日はちょうど入学の儀で、校門の生体認識の魔法が効いているかもしれん。一度通ったのならば、大丈夫だろう。変身魔法は見た目を変身できたとしても、手のシワなど狂いなく細かい所まで似せられるのは本人だけなのじゃから」
「マジっすか?」
「おおまじじゃ」

 一か八かでサタナースを先頭に言われるがまま促されるままに校門をくぐると、肌にビリビリと静電気のようなものを感じた。
 けれどそれ以外は何ら変わったことはなく、全員無事に通り終わる。
 あれだけビビっていたのが嘘のようだった。恥ずかしい。

「ほうら、本当じゃったろ?」
「ビビるぜ普通。つうか入学の儀の時も掃除してたのかよ」
「綺麗にしていれば良いことが必ずある。今もこうして、未来から来たという君達に会えたしのぅ」

 それにしてもサタナースのタメ口は今に始まったことではないが、普通に受け入れている校長も心が広いのか何も言わない。校長室ではこの調子で話したりしていたのだろうか。
 にしても、最初に出会えたのが校長で良かった。一番偉い人に認めてもらえば動きやすい。

「何だかんだ言って、最初に会ったのが校長で良かったわね」
「確かに」

 ベンジャミンも同じことを思っていたようだった。

「して、何用で学校へ戻ったのかな?」

 信じるけれど、まずはどんな用件があってわざわざ未来からここを訪ねてきたのかと質問をされた。さすがにそれを聞かない限りは校舎の中へ入らせることはできないのだろう。まさか教師に会いたくて来たなんてことは、その先生が未来で亡くなってしまったとかでなければ無理矢理な理由だし(嘘でもそんな理由嫌だ)、好きな人の隣の席(当時は好きでもなければ大嫌いの部類である)を奪われそうだからどうにかしたいなんていう、みっともない理由を言うのも躊躇われるし、悩む。

「過去を変えようとしている人間が、この時代のこの学校に入り込んでるんです」
「その子を絞め……、ゴホン。連れ戻すために来ました」

 女の敵です。
 ええ、分からせてやらないと。

 悩む私の横でそう交互に校長先生へ訴えるニケとベンジャミンが怖かった。
 背中にうっすらとメラメラ燃え盛る炎が見える。校長も心なしか苦笑いになっていた。

「疑問なのだが……過去に干渉が出来る魔法が、先の未来では出来上がっておるのか?」
「いつできたものかは知りませんが、そういう魔具が闇市で売られていたみたいで」

 ベンジャミンに抱えられている人形のことは、どうせすぐに忘れられるとはいえ伏せておいたほうが良い。それくらいに危険な道具であると、私は思っている。

「それを使ってやって来たと……。ところでナナリー・ヘルと言ったかね?」
「はい」
「今年の入学前試験で次席の生徒の名前が確か、ナナリー・ヘルと聞いている。ボードン先生が話しておったぞ。一位はアーノルド家の子どもじゃったが」

 一位はアーノルド家の子どもじゃったが。

 カッチーン。
 ちょっと待って、その話初めて聞くんだけど。何よ、私入学試験の点数でも負けてたの!? 負け続きの人生じゃん!
 そのうえ、惚れたもの負けの恋愛の世界で見事「負け」の方に分類された私にとったら、もう、私は――。
 倒れそうになる私を友人二人が両側から支えてくれる。

「そうなんです! そのアルウェス・ハーデス・アーノルド・ロックマンの隣の席がこの子だったんですけどね?!」
「それを変えるなんて女が過去に戻っちゃったんですよ! 校長先生どうにかしてください!」
「私達の友情に深く深ぁ〜く関わってくる重大な事なんです!」

 またもや私以上に熱烈に訴え続けるベンジャミンとニケ。
 この二人と友人になれる未来に、ロックマンが関わることは必要ないのかもしれない。

 けれどやっぱり、思い出をなかったことにされるのは嫌なのだ。
 ふらつく頭を押さえて正気を保つ。

「そうかそうか。まだ席は決めておらんから、頭には入れておくとするかのぉ」
「頭に入れておくだけじゃ駄目なんですって〜!」

 でも私達はこうして学校に入れたわけだけれど、トレイズはどうやって中に入れたのだろうか。あらかじめ校門をくぐれることを知っていて、生徒の中に紛れて入った可能性もある。彼女は今小さい姿でいるのか、大人の姿でいるのか。はたまた違う人物になり侵入しているのか。中に入ってからなら、変身しても特に問題はないのだと校長先生は言う。

「校長の言うとおり悪意があって校内へ侵入したのなら罠にかかるはずだが、それがないとすれば、本人は悪いことだとは思っていないんだろうな」
「ええ?! 一番タチが悪いですよそれ!」

 首を左右に激しく振るニケの長い髪が、寡黙に腕を組むゼノン王子にペシペシ当たっていた。

「今日は入学の儀だけで生徒は寮へと帰るが、どうじゃ。暫くの間、臨時の教師として中を探ってみるかね?」

 その言葉に思わずみんながポカンと口を開けて固まっている中、校長先生だけがふぉっふぉっふぉと楽しげに笑っていた。

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