別れてるかも
秋の空が、水色から段々に橙へと変わって行く。
風が冷たくなって来て、承太郎は静かに目を閉じた。

「承太郎!ごめん!」
校舎から花京院が駆け出てくる。承太郎は、くっと帽子の鍔を下げて意を示した。
下駄箱で、花京院が上履きを丁寧に仕舞う。
揃えられた踵。一直線に並ぶ靴。


「結局、会議だったみたいで日誌は机の上に置いて来ちゃった。」

昇降口を出て、校庭を渡る。
花京院は寒そうにマフラーを巻いて、空を見上げていた。

「すごいな」
青が段々に侵食されて、また奥から深い紺が見える。
一層猛威を振るう風に、首元が冷えた。

「寄って行くんだろ?」
承太郎は短く花京院に問い掛けた。
戦いが終わってからの、花京院の日課は承太郎の家で食事をして帰ることだった。
時には帰るのが面倒で、泊まってゆくことも少なくない。
承太郎はそのことを花京院に聞いたのだ。

「もちろん。ホリーさんが作ってくれるご飯は美味しいからね。」

「たまには飯くらい家で食えばいいだろ。」

承太郎が言うと、花京院は爪先に現れた小石を蹴飛ばして返す。

「両親には言ってあるよ。まぁ、僕にこ…友人が出来たこと、喜んでるみたいだしね。」

恋人、と言おうとして、止めた。
妙な気恥ずかしさがのし上がって来て、顔が熱くなる。

「まぁな…」

気付いてかつかずか、承太郎はまたズンズンと歩き出した。
規格外にでかく長い足は簡単に花京院の先を行く。
広がる距離に、花京院は慌て駆け寄り縮めようとする。

「承太郎!待ってくれよ。」

承太郎 承太郎。
呼び止める、反芻する声、吹き付ける木枯らし、甘く不気味に揺れる空。
追いつけない焦燥感に襲われる。
承太郎。

「ッ承太郎!」




「ったく、遅い奴だな、」

「君が悪い。君がッ…」

一瞬、現れた焦りは彼の歩みが止まったことでゆるゆると納まって行く。

「花京院?」

「へ?」

膝に手を付き切れた息を整える花京院に承太郎が、すっと手を差し延べた。

「遅せぇんだよ。んな泣きそうな顔しやかって…」

花京院は慌てて目尻に溜まった涙を乱暴に拭き取った。
いつの間にか鼻先を掠める風が冷たく体を冷やす。
それは承太郎の体にも同じようで、差し出された承太郎の手を取ると、ひんやりと冷たい。

「早く行くぞ。」
不協な色をしていたそらはいつの間にか温い紺に染まっていた。

承太郎の広い武骨な掌に花京院の骨張った掌は簡単に包まれる。
闇の色が濃くなった世界に、承太郎の姿がくっきりと浮かんでいる。
たしかにそこにある承太郎の姿に、何故自分は独りになるなどと思ったのだろうと、花京院は不思議に思った。

「なんだ。」
じっと見つめていたからか、承太郎が怪訝そうな顔をして花京院を見遣る。
「や…。なんだか、不思議だなって思ってさ。」

マフラーに埋もれて、花京院の声はもごもごと吃る。

「……」
静かに承太郎は花京院の手を引いている。
それが、不思議で堪らないのだ。
今まで誰ひとり、解ってくれなかった自分を、理解する人間がいる。
苦痛で堪らなかった日常が、薄暗い現実が段々に色彩を彩って行く。

夜空には、煌めく星屑がちりばめられていて、空が美しいと思う自分は何時ぶりだったか。

「変な奴だな。」

承太郎が笑う。
10年後の自分等は一体この幸福を続けているのだろうか。

「君に言われたくないな。」

花京院も笑った。

「もしかしたら別れてるかも知れないな。」

小さく呟いた言葉は緩く風に乗り、溶けて冷たい夜空に溶けた。



END


prev next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -