秘密
 

 カシュッ、と、音をたてて開けたビールを仰ぎながら、ぼくは随分ぼうっとし始めていた頭を扇いだ。ゆっくりと近づいてきた秋の気配に、今夜は鍋にしようと提案したのは、日本に旅行に来たポルナレフが言ったことだった。秋の気配といっても、まだそんなに寒くない。大体、突然前置きも理由もなく現れた男にきちんと毎月組み立てた献立を崩されるのは内心いい気持ちではなかったが、ぼくは人懐っこいあの表情にやられてしぶしぶと棚の奥から土鍋を引っ張り出した。
「届くか?」
 そのとき、承太郎はひょいと呆気なくぼくの頭上の収納から土鍋を取り出した。ホリィさんがくれたもので、結構な重量があるのだが、それを軽々と取る姿に、ぼくもポルナレフも不覚にも男らしさを感じてしまった。
 散々はしゃいで、食べて、飲んで、酔っ払ったポルナレフは座布団をおなかの上に乗せて、なにやらゆるゆると寝言を言っていた。片づけを残したまま、眠るわけにもいかなくて、ぼくは先ほどから承太郎のほうをちらちらと見つめた。なぜならば、珍しく承太郎が上機嫌に酔っ払っていたからだ。
 懐かしい旧友を見て、流石の彼も心を絆されたのだろうか。どちらかというと、心労のほうが耐えなかったじゃないかと、ぼくは残った鍋から白菜と大根を取り皿に引き上げてかじった。
 ポルナレフがしゃべり続けていたので、テレビも音楽も必要ではなかったが、彼がすっかり寝入ってしまうと、ぼくらは終始無言で、ひたすらに酒を飲むことに没頭した。
「お鍋、おいしかったかい?」
 辛うじて言うと、承太郎は返事をしなかった。仄かに潜められた眉が、いつもより穏やかで、ぼくは再びどきどきした。
「明日はおじやにしよう」
 立ち上がって、ぼくはテーブルの上を片付けた。鍋をコンロにおいて、使わない皿とコップを洗う。ざぶざぶとした水道の水は、火照った身体に心地よく触れた。それでもなぜか、この心地よい酔いを醒まさないように、ぼくはシンクにビールを置いて、時々それを扇いだ。
 最後の皿を、食器乾燥機にしまいスイッチを押す。同時に、肩と背中にズン、とした温かい重さを感じて、ぼくは首だけ振り向いた。承太郎が、ぼくの背中で項垂れて、頭を右肩に乗せている。
「終わったか?」
 生暖かい声が、耳に触れる。ささやきみたいな、小さな声。
「よせや、酒臭いぞ」
 ぼくはが笑うと、承太郎はクスリと笑って見せた。その声も、また穏やかな静かで落ち着いていた。
「どうせポルナレフはぐっすりだろ」
 ドキッとするくらいに色っぽい声で囁かれて、ぼくは心臓がどきどきと高鳴った。ゆっくりと鼓動が速度を増し、ぼくは火照った額に濡れた手の平で触れた。
「やめよう、不謹慎だろ…旧友が…ッ、せっかく……」
「そのためにわざわざ上等な日本酒でもてなしてやったんだろ?」
 承太郎の手の平が、火照ったままぼくの裾から侵入した。肌が瞬時に粟立って、ぼくは水流を止めた。
「馬鹿な冗談……」
 ふ、と、情熱的に唇を埋められて、ぼくは呻くように低い声で唸る。それでも、承太郎は留まらずにぼくの身体をシンクに挟んだ。強く束縛されて、その状況に、少し興奮しているみたいなぼくは、堪らずに彼の背中に腕を回した。
 すん、と鼻を鳴らすと、ぼくはどうしようもないくらい幸福な香りに包まれた。承太郎の、少し苦い煙草のにおい。
「ん……」
 ふっと薄目を開けて今のほうを見つめると、本当にぐっすりとポルナレフが眠っていた。ぼくは少しの緊張の中でそれでも性急にことを進めようとする承太郎にすぐに意識を集中させた。
 馬鹿だな、こんなことで興奮するなんて、まるで若々しい学生みたいだと、ぼくは思う。もしかしたら、ポルナレフが、突然懐かしい風を纏ったままやってきたから、こんな風にぼくらも懐かしく感情が燃え上がってしまったのかもしれない。いつも以上に強い承太郎の腕の力に、めいっぱいくっつき合って、誰かと熱を分け合うことは、本当にすばらしいことだった。
「ベッドに行こうぜ、それで、お前を抱いてやる」
「……そうだな、なんていうか、ぼくも、すごく燃えてる」
 くすくすと笑い合って、さて寝室に行くにはポルナレフの眠る横を歩かなければならないなと思う。彼の身体に毛布をかけて、そしてぴったりと扉を閉めたぼくらの愛の巣で、すっかり彼に感謝しながら、ぼくらは身体を温めあうのだろう。

 それは想像するほどエキサイティングだった。そうなんだ。抱きしめあうのは、そんなにも悪いものじゃないんだろう。


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2010/10/26
短くてしかも寸止めと言う…!!





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