占い
 

「初詣?」
 花京院はこたつの中で紙パックのアイスを食べながら復唱した。午後四時に来客した承太郎は、暖かそうなマフラーをしていて、花京院はそれが去年のクリスマスに自分がプレゼントしたカシミアの物だとすぐにわかった。
「行くの?」
「いかねぇのか?」
 承太郎は首を傾げる。
「いや、だってもう十日なんだけど」
 花京院はあきれた様子で承太郎を見た。初詣なら、二日の朝に一人で出向いていたし、おみくじも引いていた。それにもう町での正月ムードは払拭され、世界は今まで通りありふれた毎日を送り始めている。
「ぼくから言わせたら、まだ行ってなかったの、って感じだよ」
 花京院は言うとこたつの中に潜り込んだ。この寒い日にわざわざ二度目の初詣に行きたいとは思えなかった。
「まだ行ってない、というか行けなかった」
「それは自分で課題をため込んでいるからだろ」
 花京院は座布団を枕代わりにして、堅く目を閉じてそういった。花京院より一足早く大学院へ進んだ承太郎は、昨年はすっかり研究に追われて、花京院と遊ぶことはおろか、連絡する暇さえもてなかった。
「毎年初詣は一緒に行ってるじゃねぇか」
 いじけてんのか? と、承太郎は訊いて、自分もこたつの中に足を滑り込ませた。
「いじける? 何のためにいじけろって言うんだよ」
 馬鹿馬鹿しいな、と言うと、承太郎はこたつの中で花京院の膝を蹴った。
「いて!」
「悪りぃ」
「悪意があるのか」
 花京院はこたつから上半身を起こして承太郎を睨んだ。
 テーブルの上のみかんを、むし、っと剥いて、承太郎はさあな、と言う。花京院は争う気にもなれず、ふん、と鼻を鳴らして、承太郎がきれいに剥いた――承太郎はみかんの白い筋もきれいに取る――それを一つ奪って口の中に放り込んだ。
「すっぱい」
 先ほどまで食べていたアイスの所為で、口の中が甘くなってしまっているので、みかんは、より一層酸っぱく感じた。花京院は、むくりと起きあがると、食べかけのアイスをスプーンで掬った。
「溶けてるじゃねぇか」
 承太郎はカップの中を覗いて言った。花京院は、一口も渡さないぞ、と、言うように、それを手元にたぐり寄せて腕で囲った。
「少し溶けたくらいが美味しいんだよ」
 こたつの中で食べるアイスは格段だ。花京院はもう一口スプーンに掬うと、豪快に食べた。
「……太るぞ」
「……………………」
 承太郎の一言に、花京院はぴた、っと手の動きを止めた。
「太るぞ、そんな風に食っては寝てを繰り返すと」
「……なん」
「知っているか? 冬に太ると、人はなかなか痩せないんだぜ」
 花京院は承太郎を凝視した。彼の表情は真剣で、どこか研究者風情を醸し出していた。
「ぼ、ぼくは痩せたいとかそういう願望ってないし」
「贅肉のついたテメーを抱く趣味はないぜ」
 承太郎の言葉に、花京院はスプーンをテーブルの上に置いた。そもそも男に向かって、太るとか、抱くとか、そういう言葉を投げつける彼が奇妙なのだが、花京院は完全に戦意喪失状態になっていた。
 いつもなら、女性のように扱われることに嫌悪するのに、どうしてだか、承太郎の言葉は自然で、対等に響く。
「ぼくだって、君に抱かれる趣味なんてないよ」
 花京院は意固地に言うと、承太郎が、ちらり、と花京院を見つめた。なんだ、と、反論する前に、承太郎の足が、するりとなまめかしく花京院の足を絡めとって、そっとジャージの上から局部に触れた。ひっ、と、花京院は背筋を走る痺れに毛を逆立てた。
「やめろよ」
「趣味じゃねぇんだろ? とすると、この反応は生理現象、もしくは欲求不満ってとこか」
 ぎゅ、っと踏むように圧迫されて、花京院は逃げるようにこたつから飛び出た。下着の中でほんの少し固くなった性器を沈めるように天井を仰いだ。
「馬鹿か、君は」
「よし、でたな。着替えろよ。まったくいつまでも正月気分でジャージなんか着てるんじゃねぇよ」
 群青色の生地に一本の白いラインが描かれているジャージは、高校の時の運動着だ。運動用とだけあって、体になじんで着心地が良いのだ。
「うるさいなあ、何を部屋着にしようがぼくの勝手だろ」
 渋々とジャージを脱ぐと、承太郎がわざとらしく口笛を吹いた。男の体に欲情するもんかと、花京院はクローゼットの中からジーンズとカットソー、そしてカーキ色のモヘアのセーターを取り出して、さっさと身にまとった。
 外の気温を考えて、ウールのジャケットを着ると、承太郎がハンガーに掛けておいたマフラーを投げてよこした。


「みくじ代は出してやるよ」
 ドアの鍵を閉めようとしている花京院を見て、承太郎は笑っていった。対して、花京院は肩を戦慄かせて、キッと承太郎を睨んだ。
「君ねっ、どうやって入ってきたのかと思ったら、いつもいつも鍵を壊して入ってくるには止してくれないか!」
 花京院は怒りに顔を赤らめてドアノブを指さした。鍵をさして回しても、それは何の手応えもなく、むなしくから回るだけだった。
「これで三度目だっ! 君は、馬鹿か!」
 知らない振りをする承太郎の背中をスニーカーで蹴り付けて、花京院は出現させたハイエロファントグリーンで、チェーンの施錠を施した。
「便利だな」
「君だってスタープラチナでぶち破ったんだろ!」
 いきり立って花京院が言っても、承太郎は返事をしなかった。
「え、まさか、素手でやったの?」
 花京院の問いに答えずに、承太郎はさっさと階段を下りて言ってしまった。花京院はしつこく、ねぇねぇ、と訊きながら階段を下りる承太郎を追いかけた。

「ねえ!」
 承太郎の腕に自分の腕を絡めて、花京院は言った。まさか承太郎といえどもそこまで怪力ではないはずだ、でも、もしかして、なんて言う様子で、花京院はかすかに目を輝かせていた。
「うるせぇぞ、恋人っぽく見せたいカモフラージュって言うんなら嫌な気はしねぇけどな」
 にやにやとする承太郎に、花京院は赤面して歯を食いしばる。
「今年も君は嫌みだな」
「オメーも少しは素直になるかと思えば」
「ぼくはひねくれ者だからぼくなんだよ」


 平日の午後の境内は静かだった。手水場で清めてから、ポケットから取り出した小銭を賽銭箱に投げ込んで、花京院は手を大きく二回ならした。
「承太郎が嫌みでなくなりますよーに!」
 大きな声で言って、花京院はまた手を鳴らした。
「オメーな・・・」
 承太郎は苦笑して、自分も手を合わせた。賽銭箱に投げた小銭はあちこちに弾けてさわがしく転がり落ちていく。
「さあ、今年はどんな年になるかな」
 階段を下りて、花京院は右手を承太郎に差し出した。承太郎は財布から百円玉を二枚取り出して花京院に手渡すと、彼はそれを、小さな賽銭箱のようなおみくじのボックスに投げ入れた。
「一緒に引こう」
 そういって承太郎の腕も、ぐい、っとおみくじの箱にねじり込んで、花京院は承太郎の指が最初に触れた短冊を奪った。
「大吉っ、出ろっ」
 勢いよく開いたそれを見て、花京院は、パ、っと表情を明るくした。
「大吉だ!」
 念願のそれを手にした花京院は、ひらひらとそれを承太郎に見せびらかした。一方、承太郎の引いたのは吉で、花京院は、ざまあ見ろ、と、にやにや笑った。
「ええっとなになに。学問……雑念多し全力を、尽くせ……?」
 花京院が読み上げた部分を、承太郎も追うように読む。
「やすし、人に任せろ」
「大吉でもよくないことってあるんだね。次、恋愛……深入りするなぁ?」
 花京院は唇をとがらせて読むと、承太郎のそれと見比べた。
「君のやつ、吉の癖に……成就するだって?」
「俺の方がいいこと書いてあるじゃねぇか」
「大吉なのに、いいこと書いてないじゃん!」
 花京院はがっくりとうなだれた。せっかく手にした大吉が、よもや張りぼてのまがいもので、本当は吉なのに、大の字を間違って印刷してしまったかのようなむなしい内容だった。
 愕然とする花京院をよそに、承太郎は自分のそれを、細く折りたたみ、笹の枝に結んだ。
「……結局、今年もいいことなんて何一つないんだろうな」
 承太郎に全部吸い取られてしまうんだ、と、花京院は落胆し、去年と同様に左手でそれを結びつけた。
「大吉ならいいじゃねぇか」
 俺なんか、吉だぜ、と、慰めるように頭の上に手を乗せてくる承太郎を払いのけて、花京院はきょろきょろと辺りを見回した。静かな境内は、宮司も巫女もいない、無人だった。
「……充電」
 そうつぶやくと、花京院は、ぎゅ、と、承太郎の腰に手を回した。胸元に顔を埋めて、おもいきり深呼吸する。余りに強く締め付けると、承太郎が苦しそうに花京院の名前を呼んだ。
「誰かに見られるぜ」
「それはきっと、神様だよ」
 花京院はそうしてしばらくじっとすると、ぱっと顔を上げて、にやりと、笑った。
「ノホホ、これで、君の運気は全部吸い取ったからな」
 そういって、体を離そうとした花京院の腰を、今度は承太郎が、ぐいっと抱き寄せる。花京院の顎を上向かせて、承太郎は、わざとちゅ、っと音を立てて、キスをした。舌が進入しようとしたところで、それを引きはがすと、承太郎は口角をあげた。
「半分は返してもらうぜ」
 このキスは、ある意味日課であり、ある意味婚儀であり、そしてある意味、神に――もしくは世界に――見せつけるキスなんだろうと、花京院は承太郎の腹を蹴る代わりに、その体を、慈しむように抱きしめた。




2011/1/12
毎年書いてる初詣の承花でした




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