帰り道
 

「承太郎、コンビニ寄ろうよ、コンビニ」
 花京院の腕が、自分の顔の横を通り過ぎて大通りに面したコンビニを指差した。耳元で聞えるはしゃいだ声に、承太郎は顔をしかめて見せたが、花京院にはその表情は全く見えないので構わない。
「新発売のチョコレートがあるんだ」
「あのなぁ」
 承太郎は、背中に背負った花京院の体勢を直してから、重たくため息を付いた。
「おい、花京院」
「なんだい?」
「オメー、一応病人だろ?人におぶってもらって、さっきからわがまま言うんじゃねぇぜ」
 承太郎は眉間に皺を刻みながら、それでも存外爽やかにそういった。体育の授業中、キックオフを決めようと振り切られた花京院の足は、予想外のスピードを持ったまま空高く掲げられ、そのまま後ろに仰け反るように転んだ。予想通りに足首をひねった花京院は、保健室で施しを受けた程度で、病院行きを断りはしたものの、流石に帰宅の道は辛いとうことで、先ほどからあれやこれやと騒がしく、承太郎の背中に乗っかっている。
「いいじゃないか、困ったときはお互い様だろ」
 頼むよ、と、花京院は笑う。
「やかましい」
 花京院は、男らしい広さの承太郎の背中―広くて逞しく、それでいて優しい背中―に顔を伏せた。承太郎は、ホリィと同じにおいがする。
「君は真面目だなあ」
 花京院は言った。左足は先ほどからずっとずきずきと痛い。それでも、それ以上に、はじけそうな心臓のほうが痛くて、言葉を止めてしまわないように喋り続けていることに恐らく承太郎は気がついていない。
花京院は、髪を撫でる風にそっと目を向けるように空を見上げた。ゆっくりとやってきた夏の風が温く身体に纏わりついては離れていく。夏の夜は遅く、ようやく、空の端っこだけが夜の帯を映し出していた。薄ら白く伸びる雲は、早い。
「買い食いくらい、別に悪いことじゃないだろう」
 おでこを押し当てたまま、目を閉じる、ゆらゆらと揺れる承太郎の背中を、花京院はいつかの父と重ねる。
「おい、寝んじゃねぇ」
「失礼だな、寝てなんかいないよ」
 承太郎が背中の花京院を揺らす。花京院は体勢を崩しそうになって慌ててその首元にしがみついた。
「あーあ。なんだか今日は随分暑いなあ、ねえ、アイスを買ってさ、君のうちで食べようよ」
「あー、構わないけどよ」
「良かった。今日両親帰ってこないからさ、一人じゃ淋しいじゃん?」
 花京院は承太郎の背中に言った。嬉しくて暴れる足を、曲げたり伸ばしたりしていると、承太郎が調子に乗るなと、揺さぶった。うわあ、とか、やめろよ、などという声が、空に消えていく。

 コンビニのケミカルランプの青い光の傍で、承太郎は煙草を、花京院は買ったばかりのチョコレートを齧った。白いガサガサと鳴る袋に入ったアイスクリームは、すでにゆるゆると溶け出していたが、二人とも気にしなかった。
「承太郎、制服で煙草吸うの、良くないよ」
 七時を回って、ようやく辺りは夜に支配されていた。空に浮かぶ星が、静かにきらきらと煌いているのを見つめながら、花京院は駐車場の縁石に、足を伸ばして座っている。小粒のチョコレートは、甘く、幸福に似た味がする。
「未成年の飲酒喫煙は法律で禁じられてるんだよ」
「知ってる」
 承太郎の言葉は、吐き出された煙と共に空に解けた。じわりと肌に触れる生暖かい初夏の気温。
「ぼくにはわからないなあ。一口食べる?」
 初夏の限定販売である白い塩味のチョコレートを差し出して、花京院は言った。短く煙を吐き出して、煙草を吸殻入れに放り込んでから、承太郎はそれを一口齧ってみた。甘いようなしょっぱいような奇妙な味が口内に広がっていく。
「普通だな」
「ハハッ、君にはこの魅力がわからないかねエ」
 花京院は空を仰ぎ見ながら笑った。それの声に重なるように、ケミカルランプに誘導された虫がはじける音が響いた。酷く大きな音で、それはどこか不快に鼓膜を揺らした。顔を顰めた花京院に、承太郎は何も言わずに手を差し出した。
 逆らわずにその手をとって、ゆっくり立ち上がると、足の痛みはもうほとんど消えていた。それでも、甘えたい気持ちが勝って、花京院は承太郎の背中に再び圧し掛かった。
「重い、太ったな」
「まあ。健全な男子高校生として少しくらいは」
「健全、か」
 くつくつと笑う承太郎の背中は、花京院を乗せて一定のリズムを刻みながら前進していく。空を抜けていくような飛行機を見つけて、それを見上げたまま花京院は鼻歌を歌った。

「どうでもいいがな、花京院。健全な男子高校生として、この借りはきっちり返してもらうからな」
 承太郎の声は、飛行機の轟音に掻き消される。ゆるゆるとした初夏の風が、呆れたように花京院の頬をなでて消えた。




2011/6/4
久々の更新です





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