長い恋
 

「なにしてんの?」
 男子トイレで煙草を吸っていたら、声をかけてくる人物がいた。驚いて振り向く。喫煙についてビビった訳ではない。
「花京院か」
「花京院で悪かったね。こんなとこでなにしてんのさ」
「あ?」
 花京院は純粋に用を足しに来たようで、小用出はなく個室に入ると、律儀に鍵を閉めた。コイツ、小中で苛められてたんじゃねぇのか、と、俺は考えた。
「センパイが探してたよ」
 流れる水の音がして、花京院はしばらくしてから個室から出てくるとまずは手を洗いに行った。口数は減らない。
「卒業式、こないんだろ?お世話になった先輩に挨拶くらいしないのかい?」
「テメェ、さては楽しんでいやがるな」
「はは、正解!」
 正四角形に畳まれたハンカチで手をふく花京院は、腰に手を当てて、しゃがんでいる俺を上から見下ろした。
「ていうかさぁ、逃げ隠れするなんて男らしくないよ、ねぇ」
 ほっとけ、と、思いながら、俺は短くなった煙草を床に押し付けて立ち上がった。ここも最早安全ではない。
「……千歩譲って煙草は許すとして、そういうところに捨てるのは見逃せないな」
 花京院は、柔らかく笑ったかと思うと、膝まづき、先程しまったハンカチを取り出して、その中に煙草を包んだ。俺は、ある意味驚いて、それを眺めている。
「マナーは守れよ」
「悪い」
「反省と罰は常に同時にないとね」
 中庭に面した窓を開ける。部活棟の三階に来る人間は少ないが、中庭は暫しの別れを悔やむ生徒たちがいた。
「センパーイ!承太郎はここにいますよー!」
「ッテメェ!」
 俺は慌てて、手のひらで花京院の口元を押さえたが、すでに遅く、歓声が響いた。まったく、厄介な外見の自分が腹ただしい。
「ちょっ、引っ張らないで……」
「やかましい」
 俺は花京院の体を壁に押し付けた。
「余計なことしやがって」
 俺は花京院の目をみてニヤリと笑った。花京院も、口角を上げた。解ってる、とでもいうような表情だ。甘い、無意識にそう思う。
「さあ、逃げよう。二人で」
 花京院がそういって壁から体を離した。ふわ、と、花の匂いがした気がする。
「面倒なやつだな」
「こんなに麗らかな春の日差しを避けながら生きるなんて、その方が馬鹿馬鹿しいよ」
 靴の音を響かせて廊下に出た花京院は振り向くことなく廊下脇の階段を上った。屋上に続く階段であるが、俺は足をかけて立ち止まった。
「屋上は不味いだろ」
「どうして?」
 足を止めない花京院は、そのまま上の階に消えてしまった。
「いの一番に探しに来やがる」
 俺はそう叫んだ。上の階から、花京院が顔だけを出した。
「屋上にはもう来ないよ。先輩たち、三階もみに来たんだから」
 また引っ込んだ花京院の体を追うように、俺はため息をついて階段を上った。下の階の方で、女生徒の声が聞こえた。
「承太郎、早く」
 トーンを落として囁くように花京院が手招きをしているので、俺も、薄く開いた屋上への扉に体を滑り込ませた。軋みを開ける鉄扉を、極力静かに閉める。
「ハイエロファントグリーン」
 する、と、花京院のスタンドが糸状に伸びた。扉の前を糸が絡める。
「先輩が来たら解るようにしておこう。どうせ日が落ちる前に諦めて帰るさ」
 涼しい顔でいう花京院は、無機質な美しさがあった。俺の、見てくれだけとは違って、もっと儚い美しさだ。それなりに、花京院もモテる。異性だけでなく同性にも。それが、こういった無機質な美しさにあるというなら、俺も同じように惚れ込んでしまっている。
「すこし疲れた。ゆっくりしよう」
 雨ざらしで汚れているであろう屋上の床に寝転がって花京院は笑った。
 春らしい空がひろがる。屋上は確かな逢い引きに打ってつけだ。四月になれば、また新入生からの熱烈な歓迎を受けるのかと思うも、俺は早くも疲弊していた。
「ねえ、春休みはうちに来なよ。母さんが君に会いたがってる」
「ああ」
 暢気な声をあげる花京院を見ていると、まあどうでもよくなってきた。どうでもいいので、空をあおぐ。春が来たので、俺もどうしようもなく暢気になることにした。
「テメーのお袋さんでも口説くことにすらァ」
 欠伸を噛み殺す。花京院が笑い、空気が震動した。
「父さんの立場はないな」
 どうでもいいように呟いた花京院に、嫉妬したのはたぶん俺の方なんだろう。目を閉じて、感傷に委ねる言葉の答えを、口にしながら。



2012/3/15




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -