君に触れる温度
 

 トラックが揺れる。狭い車内、砂ぼこり、ポルナレフの笑い声とアヴドゥルのたしなめる声。ふ、と、浮上した意識に、ぼくは薄く目を開けた。微かに薫るのは、隣の承太郎の煙草の匂いだ。
「花京院はよく寝るなァ、なに?寝不足?」
「そう思うなら少しは静かにしろ」
 心配されるのは居心地がいい。ぼくがここにいることを、誰かが認知してくれると思うと、それが憎悪だろうと嫌悪だろうと構わなかった。愛されるということを知らないわけではないのに、それを知らないふりをしているだけで。
「心配してんだよ、変な夢でも見てんじゃねえのか?起こさなくていいのかよ」
「寝れるときに寝かせてやれ、お前のように神経が太くねぇんだよ」
 隣から、空気が揺れた。承太郎の声だ。目をつむると、声はより近くに感じる。
「俺だって、スゲェーナイーブなんだぜ」
「毎晩グースカ寝てるだろう」
 アヴドゥルはいって笑った。その声が、微かに愛しさを隠していることに、この場にいる誰もが気づかない。薄く開けた目を再び閉じる。ジョースターさんの運転する車はガタガタと揺れて、でもそれさえも微睡みにぼくを誘った。
 もしかしたらこれが夢で、目を開けたら現実だったら嫌だなと思い、ぼくはわざと唸ってみた。
 車内に沈黙が落ちる。驚いて目を開いた。ゆっくりと、白い光が網膜に触れる。
「起きてんじゃん」
「お前が煩いからだ」
「おう」
 みんなの視線が、ぼくに触れた。暖かくて、心地よい、慈愛に満ちた瞳。柔らかく、触れる温度。
「お、おはよう」
 かすれた声で呟く、ああ、昨日の名残だ。
「はっは!なんだその声!!」
 ポルナレフが笑って、前方の席から無理矢理手を伸ばしてぼくの頭を掻き回した。
「ちょっと!何するんですか」
「かっさかさの声しやがって」
「う、うるさい」
 どう反応するべきか悩んでいるぼくに、優しい微笑みを投げるのはアヴドゥルで、運転席でジョースターさんが笑う。
 承太郎が真面目くさった顔でぼくを見て、そして口に加えた煙草に火をつけた。煙の臭いに、アヴドゥルが窓を開ける。
「なんだか、平和ですね」
 ぼくの無意識に出た言葉に、その場にいた全員が怪訝な顔をした。死を身近に感じるからこそ、本心からこぼれた言葉に、驚いたのはぼく自信だった。
「だ、だって、こんなの初めてだから……」
 この戦いが終わっても、いや、終わらずに、この旅が続いて、ずっと、ずっと、このままで……
「日本じゃこんな道のドライブは出来ねぇからな」
 承太郎が、そっとぼくの膝に手を当てる。じわりと暖かさが溢れてくる。
「なら今しか出来ないワシのドラテクを見せてやろうかの!」
「よっしゃーいけー!ジョースターさんっ」
「煽るんじゃない!ポルナレフ!」
 うわ、と、声が上がる。車が浮き上がる、感情が高揚する。悲鳴みたいな、愛しい声。
 目の前に、鮮やかな情景が見えた。広がる空と、どこまでも行ける広い大地。
「日本に帰ったら」
 ぼくの声は、祈りは、馬鹿みたいなみんなの笑い声に混じって溶けて、消えてしまった。
 こっそりと触れあった手のひらを除いては。



2012/3/1




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