帰り道で見上げた空に、半分の月が浮かんでいた。
半分の月は、白い明かりで街を照らす。午前零時の空にぽっかり、白い空洞みたいに浮かんでいた。月が浮かぶなんて、とても詩的だと思いながら、ぼくはその月に向かって歩いてみた。
コンクリートが少しずつ柔らかくなって、体が重力から開放されて、ぼくは始めて自由になれる気がした。革靴の底が、コンクリートを弾く。
目を開けたまま、空を見上げる。冷たい冬の風が頬を柔らかく撫でて、ぼくはどうしようもなく泣きたくなった。きっと乾いただけだと思いながら、頬を伝う風に触れて冷える涙が凍りになるみたいだ。
ここに居て、ぼくは自由だと思うけれど、多分いつも不自由している。世界はこんなぼくらを置いて、どんどん進んでしまうことが哀しかった。いつの間にか、承太郎のことを思い出していた。彼もそんな風に思いながら空を眺めていてくれればいいと思う。
いいと思う。なんて、ぼくが帰る場所に彼が居るのに、一体何を考えたのだろう。ぼくは頬の涙を指で拭った。靴は相変わらずコンクリートを蹴る。堅くて冷たい。冷たい。
「唄を謡えばいいだろうか」
掠れた声で独り言を呟く。
声は風に乗って空を撫でて飛んでいってしまった。鼻歌は、スローテンポで、ぼくは知ってる曲の知ってる部分だけをつぎはぎに謡った。不恰好でもいい、心を空っぽにしたかった。
後ろから、自転車が走る音がして、ぼくは微かにボリウムを下げる。口の中で囁くように息をつむぐと、自転車がカタカタ音を発しながらぼくの横を風のように通り過ぎていく。
ふと、立ち止まっていた。立ち止まって、もう一度見上げた空に、半分の月が浮かんでいた。
半分の月が、白い明かりで街を照らす。懐かしい街の匂い。白い街灯、煌く星空。
「熱いお風呂に入りたいなあ」
ぼくは相変わらず固くて冷たいコンクリートの上を歩きながら、数分後には奇妙な鼻歌を歌って入浴する自分の姿を思い浮かべて、そっと、目を閉じた。
2012/03/01
独白に近い。