クリスマスは終わらない
 

 母とデパートに行くのは苦手だった。あちこちを見て回り、気がつけば両手には沢山の荷物。
 三人家族なのに、一体だれがこんなに食べるのかと。高校生だったぼくは、それが何よりも苦手だった。
 それから十数年後、母が亡くなった。ぼくはそれなりの年齢になっていて、それでも年より若く見えると、良く驚かれたが、果たしてそれが本音か建前か知らない。母がなくなって、父は仕事を必死に続けていた。一人では寂しくないかと思い、実家に戻ったりもしたことがあるが、口を開けば結婚の話をするので、最近は寄り付くのさえ嫌になっている。
(結婚なんて考える相手もいない)
 母に相手を見せられなかったことは悔やまれる。だがもうどうしようもないのだ。
「かきょういん、あれに乗ってもいい?」
 物思いに耽っていると、つん、と服の裾が引かれた。顔を向けると、大きな目を爛々と輝かせた女の子がいる。
「百円?」
「そうよ」
 ぼくは承太郎から預かっているお財布から百円玉を取り出して、少女の手に渡した。
 喜んで走っていく少女のあどけない後ろ姿。
 彼女は空条徐倫、承太郎の一人娘だ。母親を遠いアメリカに残して、今は日本にいる。
 承太郎が結婚して子供も作っていたことには驚いた。ただ純粋に。
 家庭を築くということを、ぼくはあまり良く解らない。ただ、娘を可愛いと思う承太郎の気持ちは理解できた。活発な彼の娘は、見ているだけで元気になれる。
 寒さに肩を竦めて、ぼくは手のひらに息を吹き掛けた。赤くなって冷たい。
「かきょーいん!」
 トランポリンで跳ねながら、徐倫は手を振っている。それに手を振り替えすと、彼女は何度も跳ねた。
「悪い、待たせたな」
 ぼんやりと徐倫を眺めていると、買い物から戻ってきた承太郎が隣に腰かけた。彼が右手に持った缶コーヒーを受けとると、冷えた手のひらにじんわりと熱が戻ってきた。
「徐倫はトランポリンに行ってるよ」
 ぼくは指差して言った。徐倫の姿は見えないが、トランポリンの軋みで確かに彼女がそこにいることは分かる。
「ああ、ちょうどいい。こいつをそっちの袋に詰めてくれ」
「クリスマスプレゼント?何にしたの?」
 ぼくは紙袋にプレゼントの箱を積めて訊いた。
 徐倫が欲しがっていたテレビゲームだと、承太郎は言った。
「いいね、喜ぶよ」
「オメーも一緒にやってやれよ」
「やだよ、負けたら悔しいから」
 笑っていって、それでも多分、ぼくは彼女とゲームをするんだろうなと思う。口で言うことと、感情は全く別の次元を歩いてるから不思議だ。
「徐倫はいい子だね」
 君の娘だもんな。ぼくは少し羨ましくなる。承太郎がではなく、徐倫が。
 彼にきちんと愛されていれば、彼を手放したりしなければ、例えばぼくが……
 いや、止めよう、ぼくは深呼吸する。不毛なもしもを考えるなんて、お門違いだ。隣に彼がいることが、彼の命が受け継がれていくことが、なによりも嬉しいのだから。
「なあ、お正月も一緒にいようね」
 ぼくが苦手なものを、全部承太郎に押し付けているのは解っている。都合のいいことを言っているのも。
 承太郎が、それを拒絶しないことを知っている。
「初詣どこ行くか」
 承太郎は冬の空を見上げて言った。ぼくもつられて空を見上げる。薄い水色の空が、柔らかくぼくらを包み込んでいた。
「いつものとこかな」
「そうか」
 承太郎から受け取った缶コーヒーを飲みながら、ぼんやりとした会話を続けている。嫌いだったデパートの屋上で。母と来た思い出は、たしかにぼくを形成している。
 変わらない景色に、ぼくはそろそろ実家に顔を出さなければと思った。
 思っていたら、承太郎の手のひらが、極々自然に、椅子に付いていたぼくの手を包み込んでいた。






2011/12/28
来年も再来年もずっと一緒にいようね。




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