おやすみ
 

「君の腕は世界を包めるね」
 花京院は、情事の後の怠惰に身をゆだねると、シーツの中からそういった。さらりとした肌さわりの生地に包まれて、白い肌を隠すようにうずもれると、煙草を吸う承太郎の胸元に顔をうずめた。
 君の腕は世界を包めるね。花京院の言葉を聞いて、承太郎は一瞬目を細めた。世界よりも包みたいものは他にあるのにと。それでも花京院は、多分、承太郎に世界を救えと言うのだろう。小さなひとつの命よりも、大きなみんなの命を救えと。
 トクリ、トクリ。花京院の心音は恐ろしいほど落ち着いていた。承太郎は、自分の腕の中に小さく埋もれる花京院を見て、言おうと思った言葉を飲み込んだ。
 長い髪がシーツにこぼれて、伏せられた瞳は、細い睫毛で覆われていた。美しいとは、全てが完璧に整えられていることである。果たして、一般の基準から彼にそれが対応するのかはわからなかったが、儚そうに横たわる花京院の姿は、承太郎にとって確かに美しく愛しいものだった。
「花京院」
 名前を呼んでも、花京院は返事をしなかった。先ほどまで重なり合っていた身体はまだわずかにほてりを残している。薄い汗でぴったりと触れ合った身体は、まるでそこにあるべき姿のようで、すでに固体をなしてはいなかった。二人の間には、一ミリの隙間もなくぴたりと寄せられていて、承太郎はこのまま花京院とずっと磁石のように張り付いてしまっているのかと錯覚してしまった。
 息苦しさで、花京院が微かに身をよじった。承太郎はその身体をもう一度強く腕の中に抱き寄せた。同性に対し、花京院に対し、こんなにも醜い執着心を持ってしまうことが不思議でたまらなかった。世界を包めるこの腕は、果たしてこの腕の中にあるたった一つの存在も守ることが出来るのだろうか。大きな世界の中で、花京院は脆すぎる、つぶされてしまうのではないか。
「……すこし、過保護すぎるのかも知れないな」
 承太郎は一人呟いた。花京院は小さく唸るだけで、それを返事と受け入れるにはあまりにもつたないと承太郎はもう一度腕に力をこめた。
 ぼくは、そんなに弱くない。今の承太郎の言葉を聞いたら、花京院はきっとそういうのだろう。そんなに弱くないと言うのは、自分の弱さを知っているからだろう。しかし、承太郎には花京院が素直に弱った姿を自分に見せるとは到底思えなかった。
 それでも、自らの腕の中で、生まれたての世界を知らないような彼が、胸に残る傷跡に気が付き、ゆっくりと感覚を麻痺させてくれればいいと思った。
 じわりじわりと、世界に押し潰されていく彼が、どうか少しでも幸せでいられるようにと、承太郎は花京院の身体を自分の身体全体で抱きしめて、小さく呟いた。
「いい夢を、見てくれよ」

 おやすみ、と。

 承太郎の言葉を聞いて、花京院が夢の中で小さく微笑んだのに、承太郎が気づく様子は無かった。



end


憲信様よりリクエストいただきました!
『すっかり安心してうとうとしてる花京院と、それを抱き締めてる承太郎』
独白のようになってしまいましたが、花京院が思う以上に、承太郎は心配性だといいと思います!!
あれ、もっとラブラブにさせるつもりだったのに……!!
よろしければ憲信さん、もらってください!





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