むさぼるようなキスを
 

 テレビで見た結婚式。ブラウン管の中でも解る、真っ白な儀式のドレス。表情は凛としていた。幸せそうかと問われれば、きっと彼女は不幸せだろう。
 こんな風に、籠の中で捕われた人生だなんて。


「おい、寝るなら寝室いけよ」
 承太郎の声が不機嫌に響いた。ソファーに身を縮めて、花京院は承太郎を電気の影にしてうたた寝をしていた。何時? と、花京院が問うと、十一時。という返答が来た。
「お風呂入らなきゃー」
「朝シャワーでも浴びろよ」
「んー……気持ち悪いから今、入るよ」
 むくり、起き上がって目を擦ると、承太郎は花京院をちらりと横目で見た。
「なに?」
 ジッと見つめられて、思わず不機嫌な声が出る。承太郎が動かないので、花京院はムスッとしたままソファーから起き上がった。
「お前寝言を言ってたぞ」
 承太郎は、立ち上がった花京院を仰いでいった。
「寝言?」
「随分はっきりと話していた。起きているのかと思ったが、返事が無くて、それで起こしたんだ」
 花京院は首の後ろを掻いた。変なことを言っていたら嫌だなと思う反面、承太郎相手になら、もうそれくらいのことを恥とも思わなくなっている自分に驚く。
 昔は、両親の前でさえ寝ることも恐れていた自分が。
「んー。変なこと言ってなかった?」
「さあな」
「なんだよ、寝て言ってるんだからいいでしょう!」
 殊更不機嫌に頬を膨らませた花京院に、承太郎は少しだけ表情柔らかく笑い、そのまま脱衣所に向う花京院を見送った。起き抜けの花京院の顔色は悪い。いっそ、純白のドレスよりも、きっと死に装束のほうが似合いそうな風貌だ。
 だから、そんな風な有体の言葉を投げかけるほか、どうして彼の生存を確認できるのか知れない。
「大体」
 暖簾で廊下と区切ってあるだけの脱衣所で、堂々と服を脱ぎながら、花京院はリビングにいる承太郎に届くように声量を上げていった。
「大体、寝言には返事をしてはいけないんだぞ」
「返事?」
 脱いだシャツとジーンズを洗濯機に放り込んだ花京院は、承太郎の言葉に答えを出さずに浴室に引きこもってしまった。
「話しかけても無視しただろうが」
 承太郎は一人言をいってから再びテレビに目を向けた。情報など微塵も無い、家族愛がテーマの番組だ。子沢山の家の長女が、嫁に出て行ってしまうことを、喜ぶような、悲しむような表情で誰もが神妙にしている画だ。
 退屈になって、テレビを消す。先ほどまでそこにあった温もりが、いっそ潔く離れていってしまったことは淋しいので、承太郎は花京院の後を追うように立ち上がった。
 シャワーの流れる音を聞きながら、気配を潜めて廊下に腰を下ろす。浴室から花京院の綺麗な声で、鼻歌が聞える。古い映画の曲だ。途切れ途切れに流れる声は、シャワーが止められるのと同時に止まった。
「ムーンリバーだよ」
 浴室の扉が開いて、髪の濡れた花京院が顔を出した。
「オードリーヘップバーンの」
 承太郎は、そこにいることが花京院に知れたことに、驚いた。
「気付いてたのか?」
「気付くよ、君のことなら」
 濡れた裸体を素早くバスタオルで隠して、花京院は鏡の前に立った。気付かないわけが無い。承太郎の持つ空気や、心臓の音や、緩やかな温もりに。
「……なあ、幸せか?お前」
「なんだい、その質問は」
 承太郎は、一瞬あの花嫁を思い出した。彼女が幸せか不幸せか、それを決めるのは彼女自身で、それはつまり、花京院がいま幸せかどうかも、承太郎には計り知れない。
 鳥かごに収まる鳥が、必ずしも不幸ではないように。
「幸せか?」
 承太郎の問いかけに、花京院は眉を顰めた。トランクスとパジャマを引き出しから引っ張り出して、濡れた体を拭きながら着衣する。その間に、自分が幸せかどうかを考えてみた。帰る家があり、家族がいて、愛する恋人もいる。それで、それが、幸せかどうか。
「うーん、そうだな。幸せかどうかって、どこで比べるのか解らないけれど、多分。そうだね、幸せかな?」
 結局疑問系になってしまって、花京院は濡れた髪を拭きながら苦笑した。
「でも、君が立ち上がって、すぐにシャワーを浴びて。それでぼくと一緒に寝室に向ってくれれば、きっともっと幸せだ」
 一緒に眠るのが、彼だと嬉しい。花京院はそう思った。寝言を言うのも、それに返事をするのも、二人であれば幸福だ。例えばそれが、どんなに苦難に満ち満ちていても。
「お前ってヤツは、本当にそういうところはふてぶてしいな」
 承太郎は立ち上がって、花京院に微笑んだ。そんな表情を出来るくらいには、幸福だ。
「寝言に返事をするとね、その人は夢の中から帰って来れなくなるんだよ」
 シャツを脱いだ承太郎の首筋の星を見つめながら、花京院はそういった。
「洒落になんねェ」
「大丈夫。ぼくは夢の中から唯一帰ってきた人間だから、ね」
 だから早く寝室に向おう。
「五分で出る」
「まるでカラスだ」


 テレビで見た花嫁が、今、幸福で溢れているといいと思いながら、承太郎は花京院を抱き寄せて、耳元にキスをした。こんなキスでは物足りないので、一刻も早くシャワーを浴びて、彼を夢の中まで迎えに行かなければと、思いながら。




2011/9/8
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