「悲しむことはないさ」
花京院の言葉に、承太郎はうつむいた。高校に入学するときに母に買ってもらった皮靴の先には、旅に出る前には無かった新しい傷がたくさん付いていた。それを見ると随分と長い時間、自分は彼と共に生活し、戦って来たのだと感慨にふける。
「そうは言ってもだな」
悲しむことは無いのかもしれない。
なぜならそれが正しいことだったから。それは花京院も承太郎も解っていた。解っていながらも、承太郎の中には納得できない自分が存在していた。
すっきりとした面持ちで、花京院はただそこにいた。そしてそれが仕方の無いことだと嫌なくらいに心に刻み付けられる顔だった。
「花京院、行くなと言ったら、行かないのか?」
承太郎の質問に花京院は一瞬悲しそうな顔をした。
「そういうわけには行かないよ」
「そうだろうな」
朝日を受けて、花京院の顔は白く浮かんだ。承太郎の腕の中で、花京院の瞳からこぼれたままの一筋の涙を承太郎は指の腹でぬぐってやった。
「ふふ、それはもう、抜け殻じゃないか」
それでも、大切な彼の遺体だ。承太郎は自分が思ったよりもこの現実を受け入れられていないことを感じ、涙さえ浮かばなかった自分に安堵した。最期のときくらい、いつもの自分でいたかったのだ。
そして多分、彼が居なくなったら自分は泣き崩れてしまうのだと思った。
「それじゃあ、そろそろぼくは行くよ」
「ああ、あっちで待っていやがれ」
「あはは、それ、すごく君らしい台詞だよ」
それじゃあ、と、花京院が踵を返した。空に浮いた身体で、一瞬ためらうような間をおくと鮮やかな光の輝きの中へと消えていった。
承太郎は、光の輝きが消えるのを見届けて、腕の中でぐったりとした花京院の身体をさらに強く抱き寄せた。背中がきしみ、花京院の力ない腕がパチャンとあふれた水の中に落ちた。
「なあ、花京院。お前は、幸せだったのか」
承太郎の問いは、最期の口付けとともに彼に問われた。答えを聞くのは、自分が彼と同じところに行ったときだろうと思った。願わくば、そんな日が早く来るようにと、承太郎は心の中で思った。
2009/04/07
この時期になると、こういうねたを書きたくなります。
レクイエムのように、承太郎が花京院の死をいくつも見る一巡先とかがあったら、
と考えると、かなり妄想が出来ました