spangle
 

 ベランダで風にそよいでいる笹の葉を見つけたのは七月七日の夜のことだった。
 承太郎は首に下げていたタオルで濡れた髪から滴る水滴をぬぐいながらそれを眺める。橙や青の様々な網飾りだったり吹流しが小さな一本の竹に静かに飾られている。リビングのテーブルでは花京院が一心不乱に輪綴りを作っていた。
「七夕は今夜か」
 承太郎は言って花京院を見る。鼻歌を歌いながら作り続ける花京院の後姿は承太郎の言葉に曖昧な返事を押し付けたまま振り向くことは無かった。散らばった折り紙を一枚拾い、承太郎はそれを三等分に折ると器用にピリっと破いた。
「マジックよこせ」
「ん、どうぞ」
 花京院は右手で輪を押さえながら左手で黒のマジックを承太郎によこした。この年になって願い事を書くなどというのもばかばかしいなと思いながら承太郎はマジックのふたを開ける。
 きゅっという音を立てて折り紙のつるつるした表面をペンが走る。花京院は黙々と輪綴りを折る。

「できた」
「うっし」
 二人の声が同時に響き、顔を上げると視線がぶつかった。花京院は得意げにひらりと輪飾りを承太郎に見せると、綺麗だろ?と首をかしげた。承太郎は笑みを浮かべて相槌を打つと書いた短冊を持って立ち上がった。
「あ、待ってくれ。ぼくの願い事も書かなくちゃね」
 花京院は手ごろな折り紙を手に取ると半分に裂きマジックで文字を書いた。最後に花京院典明と癖のある字で締めると、それに凧糸を結んだ。

「なんて書いたのさ」
 花京院は承太郎の短冊を見ようと手を伸ばしたが、承太郎はそれをひょいと頭上高く掲げた。
「おいおい、見るんじゃねぇぜ」
 花京院も手を伸ばしてそれを奪おうとしたが、承太郎との決定的な身長差で手が届かない。むくれ顔で抗議すると承太郎はあざ笑うようにそれを笹の一番先につけた。竹がしなり、飾りが風に泳ぐ。
「ぼくのは君よりもっと先に結んでやる」
 花京院はハイエロファンとで笹の先に短冊をくくりつけた。ついでに承太郎の短冊をぺらりと捲る。それに承太郎は気が付かないのか、口笛を吹きながら空を眺めた。
「先につけたからって叶うわけじゃねぇんだぜ」
 承太郎は言って花京院の肩に手を置いた。しっとりと冷たい初夏の風に吹かれて空には薄い雲がいくつか飛んでいた。
「天の川も見えるよ。ねえ、後で散歩に行こうよ」
 花京院は提案すると承太郎の方を見た。承太郎はすっと手の平を離して部屋に戻ると、テーブルの上においてあった花京院の飲みかけのビール缶に口をつける。そうだなぁ、とぞんざいな返事をする。
「なんだよ、にやにやしてさあ」
 花京院が口を尖らせて言うと、承太郎は空になった空き缶を潰して言った。
「俺はもう願い事が叶ったみたいだと思ってな」
「意味わかんないよ、君の短冊、新しい図鑑がほしいって書いてあったじゃないか!」

 さあな、と、承太郎が笑った。花京院も心底呆れたようにそういって笑う。自分の肩に貼り付けられた承太郎の本当の短冊に気が付かないまま。
 自分が織姫や彦星だったなら、天の川なんぞ飛び越えてすぐに攫いに言ってやると、承太郎は思った。


2009/07/06





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -