承太郎の身体は、ぼくの好みに割りと当てはまる。
並外れた身長も、しなやかな筋肉も、そしてあの知性も。全てがぼくの思い描く理想に当てはまっていた。
(ぼくは彼に憧れている)
十年経ってなお、ぼくは高校生の頃の彼に憧れ、社会人の彼に恋をしていた。
「なに、じろじろ見てやがる」
承太郎は視線に敏感だ。多分いろいろなものを注視してみているからなのだろう。ぼくは笑みを浮かべて手をひらひらとやった。なんでもないよと口で言えばよかったのだが、その言葉がすんなりと腹の底から出てきてくれるようには思えなかったのだ。
怪訝な顔をしながらも、彼は手元の雑誌に目を落とした。休日、ぼくらはアフタヌーンティーを堪能している。
紅茶茶碗には、金色のお茶がなみなみとつがれていて、テーブルには、先日青山で購入してきたリーフメモリーというチョコレートが並んでいる。
ペラリ、雑誌の薄っぺらな紙が捲れる音がする。ぼくは紅茶茶碗から静かに紅茶を飲んだ。
均等に整った筋肉。強い輝きを持った瞳。どれをとっても形容しがたい美しさが彼にはあった。
それでも、十数年彼と大人としての関係で付きあってきたが、直接的に身体を重ねあうことだけはどうしても出来なかった。目の前に彼の顔があると思うだけで、ぼくの身体は居竦んでしまいまったく動けなくなってしまうのだ。
これはある種の催眠かもしれないと、ぼくは心の中でため息を付きながら思った。もとより、そういう行為に関しての欲求があまり無いのだ。承太郎も承太郎で、それをぼくに強要するようなことは言わなかった。
(十年前か……なんだか一気に老け込んだような気がする)
苦笑して、ぼくは視線を上げた。すると、承太郎は眉をぐっと寄せ、ぼくの顔を穴が開きそうなほどにじっと見つめてきた。
「わ、なんですか。そんな顔して」
「何か考えてやがるのかと思ってな」
彼の感は、本当によく当たる。獣みたいだ。ぼくは今度こそはっきりと声にだして、何でもありませんよといった。
「なんでもねーのにじろじろ人のこと見るのか、テメーは」
「じろじろなんて、見ていません」
ぼくはやけにきっぱりと言った。
「見てただろうが」
承太郎も、食い下がらずに言い返した。
「見ていない」
「いや、見てた」
こんな言い争いは不毛だ。ぼくはフーッとため息をつい紅茶を飲み干した。それはやっぱり先ほどと同じようにほんのりと甘かった。
「……こんなこと言ったら。変に思われるかもしれないけれど」
ぼくは膝の上でせわしなく指を動かしながら言った。左右の指先をくっつけて親指から順にくるくると回していくのだ。くるくる、くるくる。十回ずつ、確実に。
「ぼくらは、どういう関係にあるんだろうか」
もちろんキスはした。昔はともかく、今は手をつないで買い物に行ったりもするし、時折激動に駆られたように抱きしめあって喚起の声を上げたりもした。でも、それが決して友人の境界線を逸脱しているとは思えなかった。
何の気なしにずっとつるんでいる悪がきみたいだった。
承太郎はしばし悩んだようにし、そりゃあ、と切り出した。
「そりゃあ、恋人だろうな」
「彼氏と彼氏なんて、おかいよ」
自分は、ゲイだったわけではない。偶然憧れたのが彼で、偶然ときめいたのが彼だったのだ。釣り橋効果のようにぼくらは急速に仲良くなり、そして拙い仕様でキスをした。
そんな記憶は十年前だ。今のぼくらはまるで熟年の夫婦みたいな関係だ。
「……どうした突然」
「……どうしたんだろうか」
変だ、と思い始めてしまったのだ。この複雑な関係を、なんと形容すれば良いのかわからなくなってしまったのだ。ぼくは少し混乱した。
「してえのか?」
何を、と、訊くまでもなかった。
「違う」
身体を求めているわけじゃなかった。でも、今の関係がどう考えても最善のものとは思えなかったのだ。手っ取り早く理由をつけるわけではないのだが、何かひとつ物足りない感覚がぼくにはあった。
「マンネリ化しちまったってか?」
友人として、承太郎が一人で暮らすアパートに転がり込んできたぼくは、その頃まだ学生で、入学したばかりの美術大学の課題に追われながら甘い恋愛を夢見ていたのに、いつの間にかぼくは普通のサラリーマンになって、時折趣味で作っているイラストやポストカードを小さな雑貨屋においてもらっているような。
つまり、十年前のあの鮮やかな歴史を垣間見るすべもなく、何もない平坦な日常を幸せにすごしている。
「マンネリ……?」
「飽きたって事だろ」
この生活に。承太郎は言った。毎日共に家を出て、今夜のおかずは何が言いかと尋ねる生活に、飽きたというのは、少し違う気がした。
「承太郎、君は物足りなさを感じないかい?」
自分の身体の中にある、もうひとつの存在が身体の中でうごめく感触がないか?
「十年前と比べりゃ、平和になったと思うぜ」
スタンドという存在を、ぼくらは日常ほとんど使わない。とくに承太郎は。
「でも、それが普通じゃねえか」
普通、そうだ。普通すぎるのだ。ぼくは心の中でハイエロファントに声をかけてみた。君は自分の存在意義を周りの世界に排出したいはずだ。
自分がそこにいるということを証明したいはずだ。それは、多分ぼく自身が。
「刺激がほしいならくれてやるよ」
承太郎がぼくの身体を強引に引き寄せた。分厚い唇がぼくの唇を挟むようにかじりつく。獣のにおいがした。
「勘がいい男は嫌いだ」
ぼくは負け惜しみのように言った。
「感度がいい花京院が、俺は好きだ」
承太郎は、ぼくの身体を強く抱きしめた。それだけで、どこか満たされる気がする。ハイエロファントを出現させると、珍しく承太郎もスタープラチナを出現させた。
「スタンドを出すなんて珍しいじゃないか」
「そうだったか」
「そうだったよ」
満たされるのは、多分承太郎に自分が求められていることを再認識するからだ。キスとか性行為とか、そういったものだけでは満たされない感情がぼくらにはある。
プラトニックな関係というよりも、身体を重ねること以上の喜びをぼくらはあの旅で培ったのかもしれない。
承太郎の格好いい顔が、ぼくの前でくしゃりと笑った。
END
2009/9/4