こぼれた秋空
 



「先客」
 花京院はつぶやいた。隣で承太郎が渋い顔をしている。学校の屋上は学生たちにとって、ある種珍しい、特権めいた場所だった。それでいて、密事を行うには最適な。
「くそ」
 承太郎は踵を返すこともなく、セーラー服の裾を翻した女生徒が恥じらう表情でこちらを見る前に、薄く開けた扉を閉じて呟いた。
「学校ですることじゃねえな」
「……君の口からそんな言葉は聞きたくない」
 花京院は大げさに耳をふさいで渋い顔をした。秋空の下で男女の仲を深める屋上の先客の方が自分たちよりずっと健全だと思った。
 諦めて食堂にでも行くのかと思えば、承太郎はおもむろに屋上唯一の出入り口の前にどっかりと腰を下ろすと、さっさと買ってきたパンの袋を破いた。
「ここで食べる気か?」
 薄汚れた床や、天井に張った蜘蛛の糸を見て、花京院は狼狽した声をあげた。
「開いてねえんだから仕方ねえだろ」
 パンに被りつきながらホリィの手作りであろう弁当の包みを開くと、承太郎はそれを胡坐をかいた膝の上に乗せた。
「ぼくはごめんだよ。そもそも、彼らが出てきたらどうするんだ」
 まさかのぞいてしまったなんて言いかねないと、花京院は何とか承太郎を説得したが、この男に二言は無さそうで花京院は五分ほど奮闘した揚句それをあきらめた。
「安心しろよ、どうせ声は聞こえねえ」
「そういうもんだいじゃない」
 花京院はしぶしぶ弁当を開くと、色とりどりにつめられた野菜を頬張る。太陽の下なら、この輝かしいトマトやキャベツは瑞々しさを発揮するのであろうが、こんな薄暗い場所ではなんだか悲しげに眉をひそめているように見えた。
「あの中履き、同学年だぜ」
「は?」
「さっきのだ」
 花京院は一拍遅れて承太郎の言わんとしていることに気がついた。そして軽く赤面して、やめろよ、と罵る。
「そういうのは破廉恥だぞ」
「何言ってんだよ、テメ―だって似たようなもんだ」
 承太郎は空になった弁当箱を床に放り出すと紙パックにストローをさして一気に飲んだ。
「俺と屋上で昼飯食って、トランプするでもあるまいし」
「ばっ!ぼくはそんなやましい思いで君と昼食をともにしている訳じゃあないぞ!」
 そりゃ、少しは期待もしていたが、と、花京院は自分を戒めるように眉をひそめた。
 承太郎はにやにやとしたまま飲み干した紙パックを握りつぶした。帽子を目深にかぶりそっと目を閉じると、花京院の抗議もさっさと遮断してしまう。廊下の冷たさがひんやりと花京院の尻を冷やす。
「君のことは好きだけど、時々あきれるほど馬鹿なやつだと思うよ」
 そっとつぶやくが、承太郎は返事をしない。まだ十代の、それでいて弾けるような力を持っている―そしてそれを持て余している―女性との後ろ姿が、突然花京院の脳裏によみがえった。組み敷かれて青空を見上げるような姿を自分に重ねそうになって花京院は頭を振った。ばかばかしい。ここは学校で、学校とは学生が勤勉に励むところだというのに。
 それだというのに。花京院は思った。指先が冷たくなってしまったところで、体温の高い承太郎を思い出す。忘れろと、頭に言い聞かせてみるがそれは全然うまくいかなかった。
「なあ、承太郎」
 まさか本当に眠っている訳ではなかろうに、と花京院は思ったが承太郎は本格的にこの昼食休みを放棄したように反応をしめさなかった。
 期待していたくせに。と、承太郎の声が蘇える。
「本当に眠っているのか?」
 そうつぶやいたところで、突然承太郎の背後にあった屋上への扉がかちゃりと音をたてた。ドアノブが遠慮がちにゆっくりと回る。ここのドアは押すタイプだから、屋上側から扉をあけることができるのだ。
「じょ、承太郎っ」
 花京院は上ずった声をあげた。扉が開く、薄く開かれていく扉から高い青空が見えだした。

「やかましいな」
「ドアが……っ、あれえ?」
 承太郎の胸倉を捕まえようとしていた花京院は、突然自分があれほど焦がれた青空の下に放りだされていることに気がついて唖然とした。背後で先ほどまで自分たちがいたはずの屋上の扉が背後で閉まる音がした。
「間一髪だったな、スタンドとは、本当に便利だと思わねえか?」
 扉が開いた瞬間に、承太郎はタイミングよくスタープラチナで時を止めたのだ。止まった世界で悠々と花京院を屋上に放り出し、扉を開いた生徒二人を後者の中に放りこんだのだ。花京院は先ほどまで激しく音を立てていた心臓がなんだかバカらしくなり、長い溜息を吐いた。
「最初から、そのつもりで……?」
「俺らの大切な昼休みを奪われてたまるか。かといって、やつらの考えもわからんでもない」
 自分勝手な人間と思っていたが、承太郎は想像以上に他人にやさしい。それは例外なく花京院に対してもなのだが、その優しさの矛先が全く違ったベクトルを進む。
「それじゃあ、楽しもうぜ、学生生活ってやつをよ」
 承太郎は、その日一番の笑顔をして、花京院に大きな青空を拝ませた。




2009/10/7





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