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「そーいえばよ、承太郎」
 ポルナレフはきちっと整えられた自分の髪を手のひらで撫でながら言った。花京院も、読んでいた本から顔をあげてポルナレフの顔を見る。旅の途中に、こんなに穏やかな(まるで、学生のような)時間が訪れることに、その場にいた三人ともが驚いたのだ。
 のどかな日差しが、頭上をやわらかく照らしていく。オープンテラスで、仲良くお茶、というわけではない。承太郎の祖父。ジョセフ・ジョースターと友人モハメド・アヴドゥルが食料の買い出しに行っているのを、こうして待っているのだ。
「なんだ」
 承太郎は煙草の煙を吐き出した。それを浴びて花京院が顔をしかめる。
「おめー、なんで花京院のこと、花京院って呼ぶんだ?」
 唐突の質問に、今度は承太郎が顔をしかめる。
「意味がわからん」
「なんでそんなこと、ポルナレフが気にするんだよ」
 花京院と承太郎は口を合わせて言った。ポルナレフはまるで演説をするように立ち上ると、まあまあ、となだめるように先ほどまで髪を撫でていた手のひらを二人に向ける。そして、咳払いをして、また席に戻った。せわしない。花京院はかすかに苛立つ。
「普通よー、日本の高校生って言ったら、タロー、ジローって名前で呼び合うんだろ?口に草を咥えてよ。今日はどこと喧嘩だとか、どこが火事だとか。夕日をバックにポーズとかとって」
 ポルナレフがにわか知識を披露して、恥をかくのはいつものことだったが、今回ばかりは勘違いも甚だしい。花京院はさっきまでの苛立ちを忘れて肩を震わせ言った。
「それ、普通、とはだいぶ違っているけれど」
 承太郎もポーカーフェイスを崩すことはなかったが、心なしか楽しげに口元を緩ませた。
「でも、確かに不思議だな。でも、そうしたら、ポルナレフこそ、名前で呼んだっていいんだよ?」
「おま、ばっかだなあ」
 ポルナレフは大げさに額を抑えて空を仰いだ。青い空がずっと商店街の先まで続いている。綺麗な空だな、と承太郎は思った。
「そりゃあ、カキョーインの方が格好いいじゃねえか!なんか、戦闘機みたいな名前だろ?」
 戦闘機と呼ばれて、花京院は目を三角にした。怒りをあらわにして、ポルナレフの髪をつかもうとする。それをポルナレフがへらへらと笑いながら制した。
「せ、戦闘機ぃ?!ぼくの名前は花京院で、決してカキョーインじゃない!伸ばすな!しかも、戦闘機って……憤りを通り越して閉口するよ!」
「悪い悪い、しょうがねえだろ、日本語ってむずかしーんだよ!」
「君みたいな馬鹿はぼくの名前を呼ばなくっていい」

 なにもそんなに怒らなくてもいいだろうに。承太郎はぬるくなったカップのコーヒーを口に含んだ。
 心の中で、小さなランプが点滅するような感覚がある。目の前で繰り広げられる当たり前のような日常も、こうして空を眺めながら過ごす時間も。日本にいる時よりも、よっぽど穏やかな空間に、どこかほっとする。それでも決して忘れていけないのは、本来の目的だ。承太郎はほかのテーブルに付く客に視線を走らせた。
「たんまっ!ストッップ!花京院っ」
 ポルナレフの悲鳴に、承太郎は再び視線を二人に向けた。ポルナレフの髪をつかみ取って今にもむしり取らんばかりに花京院がポルナレフを叱咤している。
 花京院も、年齢にしては落ち着いた雰囲気を持つ。ジョセフと会話をするときにも年功序列をかたくなに守り丁寧に接しているが、こうしてポルナレフと戯れる様はまるで兄弟のようにも見えた。
 きっと、そんな承太郎の思いを花京院に言えば、承太郎を持ってすら髪をむしられかねない。
「クッ」
 承太郎の声に、花京院とポルナレフは動きを止めてきょとんと、承太郎を見た。それに気が付きながらも、湧き上がる感情を不思議と抑えることができずに、承太郎は帽子の鍔で顔を隠しながらクツクツと肩を震わせた。
 きょとんとしていた二人の兄弟は、まるで昔からそうであったかのように全く同じように承太郎を指差した。花京院なんかは、わなわなと唇が震えている。まるで恐ろしいものを見たときのように驚いていた。
「笑ってる……承太郎が……」
「ああ、マジだ。あの承太郎が……」
 唖然としたまま二人が見てくるので、承太郎はバツが悪くなってゴホンと咳払いをした。
「君も普通の男の子だったんだなあ、って、今思い出した」
 花京院はそう言って、先ほどの失態を恥じるように席におさまった。ポルナレフは手のひらに唾を吐いてそれで髪を撫でつける。汚いなあ、と、花京院がまたつかみかかりそうだったが、商店街の先から、一台のジープが近付いてきたので、花京院はしぶしぶと席から立ち上がった。
 運転席から、ジョセフが手を振る。ここだ、とポルナレフも大きく手を振った。
「準備は済みましたか?」
「おお、花京院。遅くなってすまんかったな」
 ジョセフは車のエンジンを止めることなくそう言った。黒い排気ガスがあたりに充満し、その煙で日差しが白いラインを書いて降りてきていた。
「出発するぞ、三人は後ろに乗ってくれ」
 アヴドゥルが、親指で後部座席を指差した。花京院はドアノブに手をかけた。
「俺は荷台に乗るぜ!天気がいいから気持ちいいと思ってな」
 それは、座席が広くなって大賛成だと、花京院はさっさとジープに乗りこんだ。午前11時の太陽はまだ猛威をふるってはいないが、そのうち入れてくれと泣きわめくのが目に見えているのに、花京院はにこやかな笑顔だった。きっと彼も彼なりに楽しんでいるのだ。この、死すら乗り越えるような旅の中に。
「それでよ」
 承太郎も車内に乗り込んで口を開いた。
「さっきの名前がどうのって」
「ああ、別に気にしてないよ。ぼくは自分の名前を全部で気にいているから」
 花京院なんて、聞いたことないだろ?花京院は誇らしくそう言って見せた。自分の名前に自信を持っているのだ。それこそ、母親や父親から受け継がれてきた血のように濃いその結束に。
「俺がオメーを名字で呼ぶのはだな」
 ジープが揺れる。石でも踏んだのか、ひどい縦揺れを起こした。ジョセフが危ない危ないと息を吐く。花京院は驚いたように目を見開いたまま、前の座席をぼうっと見ている。
 揺れに合わせて花京院の耳元に寄せた承太郎の唇から紡がれた言葉に驚いたのだ。
(俺と結婚したら、オメーの苗字はなくなっちまうだろ)
「馬鹿じゃないのか?!」
 承太郎は笑う。ふっと思い立った言い訳にしては良くできた話だった。
「さーな」
 花京院が顔を真っ赤にしたのを、バックミラーで見たのか、ジョセフは運転中にも構わず笑顔で振り向いた。
「元気がいいのお」
「ジョースターさん!前を!トラックが来てますっ」
 よそ見をするジョセフのハンドルを、アヴドゥルがくっとひねる、車はバランスを失って軽くスピンする、トラックからのクラクションが激しく耳についた。窓の外でポルナレフは振り落とされないように必死にしがみついている。
 唯一硬直したままの花京院と、平然とした顔で回転を眺める承太郎だけが声を上げなかった。
 名前で呼ぶなんていうのは、どうも気恥ずかしいのだ。承太郎は、抜けるような青い空を窓から見上げながら思った。




2009.10.29








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