神様
 

「えっと、無病息災」
「家内安全」
「厄除開運」
「交通安全」
「学業成就」
「誰のだ」

 承太郎はムッとした顔で花京院を見た。正月も終わり、世界はあわただしく日常を取り戻しだしている。先日までは穏やかな父親であったサラリーマンも、家事を休んだ主婦たちも、こぞって日常のなかで慌しく忙しそうにしている。
 日本人というのは、どうしてこうも勤勉なのか。そして、たった今、承太郎の隣にいる男もまた、そういった日常の人々と変わらずに勤勉だと思っていた。

「日本人として、一年の始まりくらい神様に願いを請うべきだと思わないか」
 正月も落ち着いた矢先に、承太郎の家に花京院がそういいながら訪ねてきたのが、この参拝の始まりだ。そもそも参拝は願いを託すべきではないのだが。承太郎は思ったが口には出さなかった。
 近所の小さな神社はそれでも正月はにぎわっていたのだろう、賽銭箱からはじかれた小銭が境内の奥に転がっている。弁財天を奉っている神社で、境内の横には、銭荒いがある。
「ぼくは弁財天がすきだ」
 花京院は両手を、パンッ、と合わせた。参拝の方法もさまざまだと、承太郎は思う。
「弁財天を人物化すると、たいていものすごい美人だったりするだろう」
「なんの影響だ」
「うる星やつら」
 花京院は、境内をにらむように見た。手を合わせて、無病息災だとか、家内安全だとか、そういったことをいくつか呟いてみる。
「学業成就」
「誰の」
 承太郎がまた花京院に横槍を入れた。
「君のだよ。日々勉強だろ」
 花京院は言って、ようやく肩の力を抜いた。まだ手を合わせている承太郎の横からゆっくりと階段を下りる。左足で地面に着地すると、短く息を吐いた。
「おみくじでも引こうかな」
 マフラーに首をうずめて、花京院は言った。冷たい北風が頬を指す。
「去年は吉だったな」
 承太郎が言うと、花京院は唇を尖らせて言った。
「ぼくは小吉だったんだ。正月で大吉が普段より多めに入っているはずなのに、小吉だなんて」
 ぶつぶつと文句を言いながら、真新しい百円玉を小さな賽銭箱に入れて、おみくじを引く。白い小さな短冊を開くのを、承太郎が上からのぞいた。
「お、吉」
「だああ、なんで君が見るんだよ!」
 花京院の腕が、承太郎の体を払いのける。承太郎は余裕の笑みを浮かべると、自分の引いたおみくじを花京院の目の前にひらひらと揺らした。
 大吉と書かれたそれは、去年とほとんど同じ内容である。花京院はそれを見て、金きり声をあげながら、大またで境内の木に歩くと、左手で不器用におみくじを結び始めた。
「なにしてんだよ」
 不恰好だ。承太郎は思う。利き手とは逆で、右手をポケットにねじりこんだまま何度もおみくじを落としながら結ぼうとしている。
「こうやって、利き手と逆で結ぶと困難に打ち勝てるんだ」
 邪魔するな、大吉。と花京院は言って二、三度おみくじを取りこぼした。
「……ほう」
「お」
 承太郎の腕が、背後から伸びてきて、花京院は驚いて振り向いた。顔のすぐそばに承太郎の顔がある。どきどきと胸が高鳴るのを知ってか知らずか、承太郎は花京院の手の中にあったおみくじをとると、自分のおみくじと重ねて木に結びつけた。
「これでいいんじゃねえか」
「……今年も君にこうやって丸く治められるわけだ」
「……オメー、今年も一段と卑屈だな」
 承太郎は笑って花京院の肩を抱き寄せた。風が頬を撫でて抜け去るのと同じくらい自然に唇が重ねられる。
 神の御前で、と、花京院は思ったが、承太郎の体温が思った以上に高かったことに驚いて、声を出せなかった。誰も居ない木枯らしの境内で、二人は今年の願いを胸に秘めて、密約を交わすかのようにくたりと微笑んだ。





2010/1/8
毎年恒例の正月ネタです





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