「きみってさ、変わってるって、言われるでしょ?」
ぼくが言うと、承太郎はいつも以上に眉間に皺を寄せた。
少し太めの眉と、ふっくらとした唇が、なんとも人目を引く顔なもんで、行く先々で、何度と無く女性が振り返るたびに、これ見よがしにぼくの手を握ってくるもので、ぼくは呆れたようにそう言ったのだった。
「そうか?そんな風に言われたことは無いと思うぜ?」
確信の笑みを浮かべて、承太郎は、なおもぼくの手を強く握った。しっとりと暖かいそれは、あながち不愉快じゃないのが困ったものだ。
これでは、手を振り払うことも出来ないのである。
ぼくは、ため息をついた。
「いいや、変だね」
いつもは学生帽で隠れている表情が、今日はむき出しのままなので、なおさら彼の顔が目立ちすぎる。
ぼくは、なんだか自分が比較されているような気がして俯いた。お願いだから、あまり近寄りすぎないでほしいのに、承太郎は、執念深く、逃げるぼくの指先を絡めて離さない。
これでは、まるで拷問だ。
初詣、なんて、そんな大それたことじゃない。
正月の昼食の準備なんて面倒で、ぼくらは屋台目当てで、近所の小さな境内にやってきただけなのに、正月になると、みんなこぞってこんなところに来たがるのだ。
甘酒の入っていた紙パックを、承太郎は歯で咥えながら、相変わらずぼくの指先を握り締めている。
「まあ、折角来たんだから、おみくじくらい引いていこうぜ」
「ちょっと」
承太郎は、ぼくの制止も聞かずに、ずんずんと人ごみを掻き分けた。頭一つ分秀でた彼は、瞬く間におみくじ売り場までやってきて、ジーンズのポケットから、百円玉を二枚取り出した。
「ほれ、オメーも引けよ」
小さなお賽銭箱のようになった支払いの箱に、百円玉を二枚投げ込むと、承太郎は、さっさとおみくじを引いて列から離れた。
しぶしぶ、ぼくも一枚引いた。次々と押し寄せる人ごみから離れて、ようやく一息つくと、承太郎は既におみくじを開いたあとだった。
「末吉、いいんだか悪いんだか解らん」
そういいながらも、承太郎は意外と真剣におみくじの内容を読みふけっている。ぼくも、彼に習ってそれを開く。薄い紙に明朝体で書かれた文字は、なんだか神聖で、ほんものみたいに見えた。
「あ、大吉だって」
「ほぉ、よかったじゃねぇか」
恋愛、叶わぬものではない。当たっているのかいないのか、まったく解らない。ぼくはそれを大事に財布にしまった。
承太郎は、得意の長身を生かして、それを笹に巻きつけると、うっし、と掛け声をかけた。
「そろそろ帰るか」
もう、気が済んだのだろうか。承太郎は、幾分晴れ晴れとした表情でぼくに言った。もちろん、ぼくも首を縦にふり、境内に背を向けた。
「末吉は、たぶんあんまし良くないよね」
「ああ、そうかもな」
ぼくは、こっそり微笑んだ。ぼくが承太郎に勝るものなんて、そんなに多くは無かったので、今年は幸先のよいスタートを切れた気がする。
笑っていることに気が付いたのか、承太郎は、不思議そうな顔をした。
「ぼくは大吉だった、今年はいい一年になりそうじゃない?」
「末吉は、いい一年にならねーのかよ」
「そんなこと、言ってないだろ」
承太郎は、少し不機嫌になって言った。こういうところが、少しだけ子どもっぽくて、ぼくは好きだ。
「そういう風に聞こえたぜ?」
それは、君がひねくれ物だからだ。
そんなぼくの言葉は、彼の唇に、簡単に飲まれてしまった。
「……ちょっと!」
「テメーの運気なんて、俺が全部貰ってやるぜ」
ぼくは、耳まで赤くなっているだろう、顔を、両手で覆いながら、走って逃げようとする、承太郎の後姿に、今年初めての、エメラルドスプラッシュをお見舞いしてやった。
2009/1