メッセージ
 

 頬に風を受ける。校舎の屋上から眺める街は、三百六十五度のパノラマである。花京院は冬と春の入り混じった風は、どこか不吉な湿り気を帯びていて、花京院は目を細めた。塔屋の上は、地上よりも風が強い。空の奥から群青の闇が緩やかに迫り来ていた。青と橙のコントラストは、花京院のシルエットを綺麗に映し出していた。制服の裾が、緩やかに風に乗る。花京院は右手を大地と水平に広げた。
 腕から指先を伝って、薄い蔦の様な輝きが、花京院を取り巻いた。空へ向かって、木々の枝が伸びるように光は進む。花京院はじっと街を見下ろしたままだった。彼の身体は、光に包まれる、そっと頬を撫でる、ハイエロファントのぬくもりに、花京院は軽やかにコンクリートの床を蹴った。


 職員室を出て、窓の外を眺めた承太郎は、空のほうに薄く光る輝きを見つけて帽子のつばを上げた。屋上から降るように落ちてくるのは、紛れもない人影で、そしてその薄い光を、承太郎は確かに覚えていた。
「花京院か」
 小さく呟いて、承太郎は廊下を蹴った。人気のない廊下を走る承太郎の音だけが静かに響く。走る途中に窓の外を見ると、グリーンの制服を翻して花京院はふわりと大地に降り立った。緑の光が収縮していく、承太郎は昇降口まで回るつもりだったが、それでは恐らく花京院を見失うだろうと、勢いよく窓を開けた。
「花京院」
 承太郎は名前を呼ぶと、ふわっと窓から飛び出した。二階の窓から飛び降りる。大地への高さはおよそ五、六メーターほどだろうか。承太郎の背後から、せり出すように飛び出したスタンドが、するりと泳ぐように大地に降りたち、そして大地を蹴った。承太郎の落下とスタンドの反動が相殺されて、承太郎は音もなく大地に降り立った。乾いた茶色い砂が、そよ風に吹かれるようにふわりと舞う。
 承太郎か窓から飛び出したのを見て、花京院はそっと顔を向けた。広い校庭の真ん中に、凛と佇んでいる。弧を描くように、ハイエロファントの残像が、空からゆったりと伸びている様は、天に向かって生える羽のようにも見える。承太郎は速度を緩めずに、夕暮れの校庭を走った。
 もう闇にまぎれ始めている校舎から、青い光の巨人が見えて、花京院は目を細めた。殆ど突進するように、承太郎は花京院の腕を取り、抱きしめた。
「じょう……」
 花京院は、突然襲ってきた大きな影に息が詰まるほどに締め付けられて、苦しげに呻いた声を上げるが、承太郎は、なにもいわなかった。ただ、息を切らしているのだけは分かり、生ぬるい息が首に当たる。承太郎の背中に腕を回すべきか悩んで、花京院は結局その指先を見つめただけだった。
「オメー、学校でスタンド使うんじゃねえ」
「……今日は半ドンだったしもう誰も居ないよ」
 花京院は呟いた。
「職員室に、教師が二人居るだろうが」
 それより、承太郎は思う。それよりも、と、天を見上げる先ほどまであった薄い光は、もう夜の闇に解けてしまっていた。そっと花京院を離すと、彼は驚いたように承太郎と距離を取ると、制服の裾を払った。
「……職員室、と、言うことは。呼び出されたのか」
「まあな」
 承太郎は言うと、ポケットから煙草を取り出して校舎に背を向けた。花京院はそっと屋上を振り向いてそのまま空を一望した。
「屋上から、飛び降りるなんてもうするなよ」
 承太郎は背を向けたまま言った。暗闇に、影が落ちる。
「うん、ごめんよ」
 花京院は素直に言う。死のうとしたわけではない。ただ、闇を背負う気持ちが、ゆるりと花京院の中に流れてくる。空を羽ばたく自分の姿を誰かが記憶に残せばいいと、花京院はただ静かに思った。



2010.02.23

自己満足です





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