SとM
 

(※注意)



 躍動する筋肉、布擦れの音、体温。全ての甘い愛撫に目を瞑り、ゆっくりと迫り来る、痛みと快楽に、いつからこんなに溺れてしまったのだろうか。
 承太郎の膝に跨るようにほんの些細な距離感で、鮮やかな碧の目と視線がかち合って、ぼくはあからさまに狼狽した。彼の額にも、ぼくと同じように汗が滲んでいる。
「大丈夫か?」
 彼は優しい。優しくて、恐い生き物だ。快楽に蹂躙されたぼくの体に、彼の指が触れる。赤く擦れた体の中心を、尚も責め立てるように刺激され、ぼくは思わず引きつった声を上げた。しかし、今のぼくら――まるで獣みたいな姿で愛し合っている――には、その声も愛撫の一つとなってしまう。
 言い知れぬ幸福感が、ぼくと承太郎の身体中に降り注いだ。
「大丈夫、だって」
 ぼくはかろうじて、そう言った。本当は、本当は苦しくてねじ曲がりそうだった。承太郎は優しすぎて、例えば、その指先でぼくの汚らわしさを確実に露呈していくようだ。
 承太郎の手が、腰の躍動に合わせてゆらゆらと揺れた。ゆっくり確認するように、いきなり深くは触れない。用心深く、壊れものを突くように。
 彼は、奥さん――彼は決まって彼女の事を妻と呼んでいる。まるでそういう名前みたいに――をどんな風に抱くのだろう。花京院は思った。きつい入口に、慎重すぎるほどゆっくりと差し込まれる熱い欲望を彼女にも同じように慎重に捻り込むのだろうか。
 女性と性交のないぼくには、彼がどんな風にどんな表情で、どんな感情を胸に秘めて奥さんを抱くのかなんて、とんと想像つかなかった。しかし、今よりはスムーズで快楽に満ち溢れているのだろう。本来の意図と誤った使い道の器官に進むより、ずっと無難に。
 そう考えると、目の前で悩ましげに眉を寄せる彼が、まるで早い吐精感に耐えるようにぼくの名前を何度も呼ぶのは、どこか特別な気がした。ぼくだけに見せる彼の姿が、まるでこの手中にあるように錯覚する。
 彼の首に腕を伸ばし抱きつくと、彼はぼくの首に噛みついた。肉を裂くような感触と、突き上げられる衝動に、ぼくは腰を浮かせた。承太郎の太い腰にごつごつと骨ばったやたらと痩せた足を絡ませる。以前、承太郎に足の荒々しさが好きだといわれてから、ずっと変わらない、膝小僧の傷が目に入る。
 彼の大きな手のひらが、逃げるように浮き上がった、ぼくの尻を乱暴に付かんで打ちつけた。肌と肌がぶつかる艶かしい音が室内に反響した。
「ッア、…ひぁ……ア、ぁッ!」
 言葉にはならぬ声を上げて、ぼくは絶頂を目指す。承太郎はそれを止めることはぜずに優しくぼくを誘った。敏感な内壁の一部に、彼の熱が打ちつけた瞬間、悲鳴を上げて果てそうになりぼくは背中を弓なりに仰け反った。あふれ出す快楽が、体中を突き抜けるように体の真ん中から指先に痺れを走らせる。ぼくの悲鳴のようなその声は、承太郎の手のひらに力強く受け止められといた。
 ドロ、と、ぼくの精液が承太郎の胸をしたたかに汚している。トロトロになった思考で、ぼくはまだ無意識に指先で彼を探した。
「こっちだ」
 承太郎の手によって、結合部に、ぼくの手が引き寄せられた。くっぽりと挿入された楔の外周を、ねっとりと撫でるように触れる。
 自分で自分の秘部に触れることなど、承太郎とセックスをするまで知らなかった。また、それがこんなにも気持ちよく理性を剥離させることも。ぼくは本当に脳みそが溶け出してしまったような熱に浮かされて、そっと入り口に爪を立てる。甘い痺れが体中を駆け巡る、神経が過敏になって、承太郎の汗が滲むのを見るだけで、目じりには涙が溜まった。
「ン、ふゥ……あぁぁ……」
「まだ、休むな……ッ」
 ゆら、っと、承太郎の腰が揺れた。途端、ぼくの体はごろりとベッドの上へと転がされた。承太郎がぼくの上にのしかかり、ギラリと光る目で見つめてくる。そんな風に、襲われるのを、ぼくが好んでいることも、承太郎は全て知っている。
 覆いかぶさるまま、承太郎が揺れる速度にあわせて、ぼくはまた高みを目指して肥大する快楽に身をゆだねて目を伏せた。承太郎の指が、優しく頬に張り付いた髪をかき上げてくれたが、その指先を離すのが惜しくて、ぼくは承太郎の指先を口に含んだ。
 盛った雄の汗のにおい。ぼくの口内をねっとりと触れる承太郎の指先を音をたてて吸うと、ぼくの下腹部で、挿入された承太郎自身がドクンと、大きくなるのを感じた。
 負けじと承太郎も、ぼくの胸元にかぶりつき、じゅるりと果実を味わうように胸の突起を舌先で舐めた。ざらりと言う、舌の感触が、腫れあがった体に激しい刺激となって揺れる。とたん、ぼくは達しそうになった体に力を入れた。承太郎の形がまざまざと体の中に確立され、ぼくはそれだけで本日二度目の射精へと達した。
「ひ、ぁああッじょ、たろ…ッ!」
 ぼくは思わず彼の指を唇から解放した。彼はそのどろどろの指先で、唇で触れているのとは逆の胸の乳首を強くつねった。
「ッ…!やだ!じょうた、ろッ!」
 半ば本気で、残りはもっと、と、媚びるように、熱に浮かされた舌足らずな口で、ぼくは承太郎に抗議した。いつの間にか溢れた唾液が、唇と唇の間でねばっとした銀の糸を引いた。承太郎の瞳に、ぼくはどれだけ艶かしく、獣のように映っているのだろうか。ぼくの半分の期待にこたえるよう、承太郎はさらに爪を立ててそれを引張った。
「ァア!」
「素直に言っておけ」
  承太郎は優しく言うと、瞬間がらりと変わった力強さで、とうとう欲を吐き出そうと、激しく律動を繰り返す。それと共に、ぼくは甘い嬌声を吐き出す。
 本当に、承太郎のセックスは優しい。優しすぎて、ぼくは自分が恵まれていることに気がついてしまう。気持ちよくなれるなら、誰とだっていいのだろうけれど、幸福に達したいのであれば、やはり相手は承太郎以外に考えられない。
 ぼくは逸脱した意識の中で、そう思い目を閉じた。脳の心の、いや、もっと奥で、幾千もの星が爆ぜるのがみえた。


 行為の後、煙草を吸うのは承太郎の癖だった。それなのに、其れはいつの間にかぼくの癖になっている。裸の――汗と精液と唾液にまみれた美しい裸体――承太郎の背中に、ぼくはまるで、小判鮫のようにぴったりと自分の背中をくっつけていた。承太郎は、ベッドサイドに浅く腰掛けて、右手に持ったぼくのシガレットケースを指先でもてあそんでいる。
 ふぅ、っと、彼の背中で白い息を吐く。投げ出した自分の足が、明らかに男のそれで、ぼくは少しだけげんなりして、それでもその荒々しさを彼が好きだというのであれば、ぼく自身、これを愛さなければいけないと思った。
 じっと、その指先を見る。承太郎と比べると、一回り小さい足だが、指だけはなぜかほっそりと長いその指先を。
「煙草、一本貰っていいか?」
 承太郎がしゃべると、その振動が密着した裸体から直接体に触れた。ぼくは、ふふ、と笑ってどうぞと言った。彼は煙草を文字通りやめたのであるが。
 承太郎の唇が、細い煙草のフィルターを舐める。
「ごめん、メンソールなんだ」
「すっきりする訳だ」
「あはは」
 承太郎の恐らく笑いを含ませたであろう言葉に、ぼくは文字のようにあははと発音して笑った。情事のあとは、いつだってこんな気まずさが流れている。煙草は、そんな睦言の暇つぶしに案外役に立つのだ。
「煙草を吸う君も、好きだったよ」
 ぼくはそういって、彼の背中に鼻をこすりつけた。筋肉逞しい彼の背中には、無数の爪あとが残っている。それが自分のものであることは、行為の最中から分かっていたし、承太郎も、存外その痛みに快楽を覚えていたのだろう。ぼくはそっと目を瞑った。彼の匂いがすぐそばにする。
「承太郎、ごめん、好き」
 しびれるようなぼくの声に、きっと承太郎は気がつかない。それでも、この時間を大切にしたいと思うぼくは真実だった。承太郎が例えば家族の元に返ってしまうとしても、その離れている間に、ぼくは怖いくらいに彼のことを愛せるのだから。
 承太郎の手が、そっとぼくの頭に乗せられた。甘い痺れ、幸福感。
「ごめん」
 弱さが、露呈する。どうしようもないくらい、君が。




2010/3/19
SとMは幸せとモーメント
今度はもっと幸せな承花を書きたいです…!





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