「きみが好きだ」
セックスのあと、ぼくは抱き合ったばかりで、まだ深く熱を持つ身体を、だらしなくベットに投げ出して言った。ため息のような小さな言葉を、承太郎は目ざとく拾って、わざとらしく片眉を上げる。いきなりなんだ。と、煙草を揉み消して、ぼくの髪を撫でた。
彼の指が、ぼくの髪に触れる。太く大きな手は、先ほどまでぼくの身体を折れそうなほど強く抱きしめていたのに。
承太郎が、僕の足首が好きだと言ったとき、僕は自分の身体にさえ嫉妬した。
キスをされる唇も、触れられる髪も、握られる指先さえも、何もかもが羨ましく妬ましかった。ぼくが自分の身体にまで、嫉妬心を持つことに、承太郎も知っているかのように、柔らかく触れてくる。
吐息までも貪るような、乱暴なキスをするくせに、彼はなにもかもを、温めるようにぼくを抱きしめるのだ。
「きみが、好きだ」
今度は、強く、承太郎の瞳を見て言ってみた。承太郎は、それをじっと訊いたまま、なにも言わなかった。
そして、返事の代わりにぼくの頬を撫で、唇に触れた。いやになるほどに触れ合っていた身体がまた熱を持ち始めて、ぼくは目を閉じた。
彼が触れている間だけ、呼吸が出来るみたいだ。
「さっきまでは、声を殺してたくせに、終わったら饒舌になりやがるな」
承太郎の顔が、ぼくのすぐ目の前にあった。喋るたびに動く唇が、ぼくの唇を掠めている。
「だって、言葉を無くしたぼくを、君はそばに置いてくれないだろ?」
繋がった身体だけが、証明であるわけではないと、ぼく自身わかっている。それでも、好きだと伝えなければ、彼がいなくなってしまう気がしている。それは、酷く悲しい感情だった。
触れ合っていないからこそ、ぼくは愛してると繰り返すのだ。
「……さみしい、か」
少し近くて、すごく遠い答えだった。さみしいとは、今とは違った感情だと思う。もっと、温かい感情だと思う。
ぼくは部屋の片隅に飾ってあるカレンダーをみた。一週間後の今日に大きな丸がしてある。承太郎がアメリカに帰る日だ。
そして、それはぼくが付けた丸だ。大切なことだから、書いておかないと忘れてしまう。彼がじゃなく、ぼくが。
「気にすることないよ、まだ小さいじゃないか」
ぼくは承太郎の娘が、アメリカで飼っているらしい愛らしい猫を思い出しながら言った。
「……まぁな、まだ三つだ」
承太郎と、想像するものが違うということはさしたる問題ではないと思う。愛らしい猫と、彼の娘が、大差ないように。
「やめようぜ、花京院。今はその話は必要ないだろ?」
もっともだ。ぼくは頷いてこころの中で I do. と呟いた。必要ないものを引っ張り出すなんて、愚かな子供だけでいい。
「君は大人だなぁ、ぼくはまだここで燻っているだけなのに」
彼が、ぼくに向かってすまないと土下座したのが、もう随分前なのだ。結婚しなければいけないシュクメイ。それ以来、ぼくらのセックスは昔より優しくなった。
「承太郎、きみが好きだよ」
「I see.」
いつからだろうか、彼が、言葉の端々に、異国の言葉を使うようになってしまった……。
艶めく唇が重なって、承太郎の言葉はぼくの吐息に混じった。
愛してる、その言葉は、もう言葉として鼓膜を揺する事はなく、唇が、言葉も感情も飲み込むくらいにきつく塞がれる。
「花京院、俺をみろ」
承太郎は、微かな合間にそう呟いた。それは、祈りに似ていた。
ぼくは、伏せていた目を開いて、承太郎を見た。真っすぐの、碧い瞳、ぼくの好きな、グリーンの瞳。
「どこにも行かないよ、きみが帰ってくるまでは」
緩やかな熱を、体内に宿したまま、来週末の自分と承太郎を思い浮かべながら、再び目を伏せた。
END
2008,11,12