極上スマイル
 


「こうも毎日毎日、雨ばかり続くとさすがに参っちゃうなあ」

分厚い灰色の雲で覆われた空を見上げて、花京院は、ため息を交えた台詞を呟いた。そんなことは、言わずもがな解っていると、この気候にうんざりしながら承太郎も相槌を打つ。
しかも、その外気がからりと乾いているのであればともかく、じっとりと重く、肌にまとわりつく湿度に、互いの不快度指数はとっくに100を越えていた。

「暑いしじめじめするし、きのこでも生えそう」

買い物に行く気も毛頭起きずに、承太郎と花京院は、ただだらだらと開いたソファーベッドの上でうなだれている。
しかし、いくら休日だからといえども、こうだらだらとしていては身体に良くない。そして、そろそろ冷蔵庫の中身も空になりかけているのである。

承太郎は意を決して起き上がった。普段なら、ここで花京院に襲い掛かり、倒れこむようにキスや愛撫の嵐を巻き起こすのだが、それすらも鬱陶しく、煩わしく感じていたのだ。もちろん、花京院もそれと同じくらい、その行為にも面倒くささを感じている。(こんな暑い日に性行為に及ぶなんて馬鹿だ。クーラーつけようよ)と強請られたのを、承太郎は執念深く覚えていた。
クーラーが嫌いなのは、花京院の方だった。本格的な夏が始まるまでは、それをつけないということが、二人の仲で暗黙のルールになっている。本格的な夏とは、花京院のものさしで計られており、それはつまり、梅雨が明け、晴天が続く日々のことをさしている。

「買い物に行くぜ、起きろ花京院」
「えー、いまさら何を買いに行くのさー面倒くさいですねー」

渋々でも、立ち上がればいい方だ。承太郎は、花京院をソファーベッドから引きずりおろして、さっさとそれをたたんでしまった。花京院は承太郎に対して、抗議の声を漏らすが、承太郎は聞かぬ存ぜぬと、自分の片耳を抑えて煙草に火をつけた。

「さっさと着替えて来い」
「君こそ煙草は換気扇の下かベランダで吸ってくれ」

案外子どもな花京院に、適当に返事をして、承太郎はベランダへと続く窓を開いた。開いた瞬間に室内に立ち込めたねっとりとした特有の空気に、煙草までもがしけってしまったように感じられて、承太郎は眉をひそめて、乱暴に窓を閉めた。

仕方なしに、換気扇の下へとおもむき、スイッチを最大にすると、煙草の煙がざわめきながら流れこんでいく。室内の湿気も、それで全て吸収してくれれば助かるのに、と思いながら、承太郎は頭部にひらめいた言葉を、無意識に声として発していた。

「除湿機か」

呟いたと同時に、寝室から花京院が飛び出してきた。花京院の瞳はさぞかし名案が浮かんだ、という風に煌いており、その細く薄い唇を、先ほどとは違って三日月形に歪めながら、言葉を紡ぎだした。

「除湿機を買おう、クーラーと違ってあれならば身体にも良い」

承太郎は、同じタイミングで同じ結論へといたった恋人に、無性に零れた笑みを返した。歯を出して口角を上げる承太郎の笑みに――このくらいの笑みならば、二人でいればよくあることなのだが――花京院は、毒気を抜かれたように、呆れた表情をした。

「俺も丁度同じ結論に至ったところだ」

承太郎は、ポールハンガーにかかっていた自分のコートを手に取り、一瞬悩んだあとそれを手に持ったまま、車のキーをポケットに突っ込んだ。

「暑くて着ないなら置いていきなよ」
花京院がいうと、承太郎は肩をすくめて、それを乱暴に羽織った。花京院は、承太郎の口癖を仮りて、ため息をつき玄関の扉を閉めた。



「外はまた一段と蒸し暑いなー」

解りきったことを口に出して、花京院はエンジンがかかると同時に窓を全開にした。もちろん、そうして走り出した車の風もしっとりと湿っていて、風を浴びるたびに、花京院の前髪が揺れていた。

「どうするの?スーパーで買っちゃうの?」
よほど楽しみなのだろうか、花京院は心なしか浮き足立った声でそういった。寝室に置く小ぶりなものと、リビングダイニングに置く大振りなものが必要だな。そう思い、承太郎は電気屋へと向かう。花京院は聞いておいたくせに、どうでもよさそうに、窓の外をゆらゆらと眺めている。

「楽しみだなぁ」
「ああ」
花京院は、車のラジオに手を伸ばして、適当なチャンネルへと揃えると、流れ始めた一昔前の歌謡曲を口ずさんだ。
フロントガラスへと落ちてくる、雨粒の大きさが少しばかり小さくなったように承太郎は感じていた。


「それはだめ、色が悪い。こっちの方が綺麗だし省エネだよ。こっちにしようよ」

花京院は、自分の好みの色だけを指差していった。承太郎はその意見を取り入れながらも、どれでも一緒じゃないのかと、落胆のため息をついて、最終的にはどれでもいい。という結論へといたってしまった。
それからは、花京院の独壇場と化し、あれやこれやと、揃えるうちに、テーマカラーはグリーンとシルバーというなんとも不思議な配色になった。

「グリーンは視野から身体を癒す効果があるんですよ。だからこれがいい」
「ようやくか、俺は別に効果さえあればどれでもいいんだが……」

しかし、さすがにこの配色は普段では見られないだろうと思いながらも、店員に計3つの除湿機を購入する旨を伝えると、いまどきクーラーを買ってもいいのではと薦められた。承太郎と花京院は、顔を見合わせて、くつくつと笑い、店員の好意の一言を、「うちには一応最新のクーラーが付いてます」と一蹴した。

「ったく、でかい買い物だったぜ」
「さぁ、さっさと帰ってこの除湿機の威力を試そうじゃないか」
「その前にスーパーで飯の買出しだ」

承太郎が言うと、花京院は心底面倒くさそうな風に顔を歪めていた。


「はあ〜すっきり快適だなぁ〜」

小一時間前に帰宅し、ようやく室内の湿気を除去することができ、承太郎と花京院は開いたソファーベッドの上で、再びだらだらと一日を過ごしていた。

「もう、こうなると家の外へ出たくないな。家といわず、ここを離れたくない」
「そうだな……しかしそれにしても腹が減ってこねぇか?」

承太郎が、雑誌から顔を上げて言った。しかし花京院はぐったりとソファーに倒れこんだまま「うー」とか「あー」とかしか言葉を話さなかった。

「おい、今日の当番はテメーだろう」

承太郎が起き上がり、花京院の顔を覗き込んで言うが、花京院は、ぷいっと顔を背けて「面倒くさい」と投げやりに言葉を話しまた目を閉じた。
承太郎も、今日ばかりはこの快適な空間でゆっくりと過ごしたいらしく、花京院を起こす以外に行動を起こそうとしない。
そんな承太郎に向かって、花京院は起き上がり、彼の耳元へと顔を近づけて、立った一言「お願いだよ」と呟いた。
花京院の珍しいその「お願い」に、承太郎は呆れた顔をして、ソファーベッドから立ち上がった。

「やれやれだぜ、いいか、明日あさってはテメーが全部やりやがれ」

捨て台詞を吐いて、キッチンに立つ承太郎に、こんな日こそ、極上スマイルで、話しかけるものだと笑った。




end


08,06,17
梅雨なのに全然雨が降りませんね


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