ほしふるよるに
 



 異国の空を見るのが好きで、 ボクはいつも窓の外を眺めた。
 遠くに輝くネオンや、日本とは違った空の色が、厚ぼったい空気に溶けている。冷えた心地よい風が、頬を柔らかく滑り落ちていく。 ボクはとろとろと、熱い酒を胸に煽った。
 ボクは変わったと思う。二十歳を越えて、酒も煙草も、あれだけ嫌っていた人間さえも、こんなにも愛しいと感じながら。
「花京院」
 承太郎が、背後から柔らかい声をかけてきた。寝巻きに着替えた彼も、手にはたっぷりとしたウィスキーを携えている。
「ここの空はいつだって変わらないなぁ」
 ボクはそうつぶやいて承太郎を振り返った。彼もまた、異国の空に目をやって、吸い込まれそうな青にうっとりとした表情を見せる。ボク等はそうやってしばらく無言で空と酒を楽しんだ。
 あの、戦いの地を、ボク等は時折こうやって訪れる。
 仲間に対しての、追悼を連れて、そして、少しだけの悲しみを胸に詰めて。
「そうか、俺にはよく解らん」
 承太郎はそういうと、カップの底に微かに残っていたウィスキーを飲み干して、煙草に火をつけた。煙が、まるで翼のように、真っ黒な空へと吸い込まれて散ってゆく。
 愛しい。胸が張り裂けるほどに悲しいこの地は、とても愛しく、万人を受け入れる。ぼくが、儚く散っていったこの地。そして、ぼくが不覚にも、生き返ったこの世界が。
「何を考えている?」
 承太郎は、白い煙草の煙を吐き出していった。煙草をやめたといっていた承太郎は、この地に来たときだけ、それを心底楽しみながら吸う。ぼくは承太郎のその仕草が、とても格好いいと思っていた。それにつられて、喫煙者になったのもまぎれも無い事実だった。
 長い指が、短くなった煙草を器用にもてあそんでは、また口元へと移動していく。
「なにも、考えてないよ。この空が綺麗だなって、ことくらいしか」
「どうだか。空なんか、見ていたようには見えなかったが」
 承太郎はそういって、短くなった煙草をはじく。灰がはらはらと零れ落ち、煙草は柔らかな弧を描いて、道路の配水管へと消えていった。
「お見事。と、言いたいところだけれど、そういうのはよくない」
 ぼくは少しだけ口を尖らせて言った。それでも、その描かれた弧が美しく、魅入ってしまったので、あまり強くはいえなかった。
 承太郎は少し困ったような顔をして、「悪い」と、一言つぶやいた。カラっと音を立ててウィスキーのボトルを開き、ぼくのカップと、彼自身のカップに、再び並々とそれが注がれる。正直なところ、もう既に出来上がってしまっているぼくは、それを困ったものだと思いながら受け取る。
 口をつけると、それは喉を焦がしながら蕩けていく。その痛みが、腹に残る傷跡を疼かせた。
 熱い喉から、ツンと苦いウィスキーの味。隣に居る承太郎の瞳に写る、漆黒の空が、キラキラと反射を繰り返した。
「今日は朝までこうしててもいいくらいだね」
 ぼくがいうと、承太郎は、口角を上げた。飲めないくせに、と、言葉にせずとも伝わるそれは、僕の心を少なからずかき乱した。恋人と、言えるほどの甘い関係じゃないにしろ、それに順ずる彼と、こうして異国を旅するのは、なんと贅沢で心地よいものか。
 空気を吸うたびに、肺が軋みをあげる。少しだけ、揺らぐ視線が、空の星をじんわりと滲ませていった。
「……花京院」
 承太郎が、ぼくの身体に触れる。酒の力で、少しだけ敏感になった体が、触れられた部分から熱を発した。それでも、承太郎は構わずに、ぼくの身体を引き寄せた。
 背後には暗い室内、眼窩には、立ち並ぶ異国の景色。それだけで、いつもとは違った、もっと罪悪のような感覚が身体に芽生えるので、ぼくは承太郎の身体を、少しだけ力を入れて引き離した。
「やめてくれよ、こんなところで。傷だって、傷むんだから」
 そうすると、するりと抜ける承太郎の腕。それが少しだけ悲しかったが、ぼくはそんな承太郎の潔さがとても好きだった。
「悪かったな。そろそろ寝るぞ」
 承太郎はそういって身体を離して、真っ暗な室内へと姿を消した。
 そんな彼を追うようにして、ぼくも、名残惜しさを感じながらも窓の枠に手をかけた。
 最後に人目と、もう一度空に目をやると、相変わらずの真っ黒の空と、町の遠くで光るネオンが、心地よく、ぼくの心を満たした。窓に手をかけて、引っ張ると、ギギギと鈍い音を立てながら、それは、ぼく等を世界から逸脱させる。
 ぼくは、少しだけ酔った頭で、甘く承太郎の名前を呼んだ。




end



2008.4.18




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