浅い眠りもそこそこに、叩き起こされた身体は酷く重く、中々起き上がる事が出来なかった。
「もう…時間かい?」
「ああ。」
承太郎が短く声を上げて身支度をするのが空気で解った。
学ランにも似た白い上着を、彼はとても大事にしている。
それを着込み、承太郎は帽子を深く被った。
のっそりと、起き上がり、僕も床に足を着くが、ひやりと痛いくらいに冷たい床に、思わず足を引っ込めてしまった。
「本気でいくのかい?寒いぞ〜」
もそもそと布団に潜る僕に承太郎はジーンズと靴下、それに長袖のシャツを投げた。
「やれやれだな、君の海好きにも呆れるよ。」
靴下をはくとフワリと温もりが溢れる。
かちりと硬いジーンズは冷たく僕の足を包んで、爪先から鳥肌が立った。
「…いくぞ」
短くいって承太郎は玄関へと向かって行くものだから、僕はいよいよと、慌ててその広い背中を追い掛けたのだった。
「さーむーいーっ」
バタム!と大きな音を立てて車の中に逃げ込んだ。
雨でも降ったのか、地面がきらきらと煌めいている。
エアコンの吹き出し口に手を宛てて、すっかり縮こまった寝起きの身体をさする。
「はー…みろ!承太郎!息が白いっ!!すっかり冬になってしまった…」
はぁ、と息を吐くとそれは白く泡立つ。
「もう今年もおわりか…早いなぁ。」
本当、早いなぁ。僕はもう一度呟いて承太郎を見る。
彼はまっすぐと前を向いて、僕の姿は視界に入ってないみたいだった。
「まだ寒いか?」
承太郎が突然言い出して、僕は慌てて平気だよと答えた。
慌てる必要なんてないはずなのに、なんだか夜にみる彼の顔はどこか違う人の様だ。
例えばそれは、住む世界ごど。
「こんな時間に、研究なんて、君も大変だな。」
ラジオから、懐かしいクリスマスの歌が流れている。
一年の終わりはとても騒がしく、どこかよそよそしく駆けていく。
「別に。趣味みたいなもんだ。好きでやっているから、別に苦には思わない。」
承太郎はラジオのつまみを下げた。音楽が、低く心地よく流れる。
「そうは言うけれど。こんな季節。しかも夜に海にいくなんて僕らくらいだね。」
僕はそういって彼が下げたボリュームを元に戻した。
「おい、喧しい音だから下げたんだぞ。」
「うるさいなぁ、しょうがあないだろ?寝ちゃいそうなんだから。」
タイトルも想いだせないその曲は、僕が生まれたときから流れている。
なにかのテーマソングかな?懐かしくて、僕はそれを微かに口ずさんだ。
「やれやれだ、寝るなよ。ただでさえ寝起きの悪い奴だからな。」
酷い言われ様だ。誰だって、冬の目覚めは怠惰なものなのだ。
道路に均一に並んだ橙色のライトは、本当に睡眠を誘う。
何だって道路にこんな色の街頭を付けるのだろうか。
どうしても、ウトウトと弱ってしまう。
承太郎は難しい顔をして僕の頭を小突いた。
コツンと、硬く、少し乱暴に。
幸せが、溢れた。
冷たい風は、穏やかに磯の香りを連れてくる。
胸一杯に息をすると、肺が冷たく軋んで、承太郎は僕の隣をサクサクと海に向かって歩き出した。
「真っ暗だ。なにも見えない。」
僕がいうと、承太郎は空を指差した。
真っ黒な空に浮かぶ、星が埋め尽くす夜空だ。
「今日は月も薄いから、よく見えるだろ。」
承太郎は、波打ち際まで行って、小さな貝や、眠りにつく子魚を岩の間に集めていく。
それは微かな月を反射してキラリキラリと輝く。
「ああ、綺麗だなぁ」
柔らかくなる承太郎の顔。
冷たく冷えた掌が、行き場を無くしている。
僕は石の上に座って、名前も知らない歌を歌った。
承太郎は、聞きながら作業をする。
砂がさらさらと、海がざぶんと打ち寄せる。
朝がくるまで、あとどれくらいだろうか。
浜辺には僕と彼が立っている。
ふたりぼっち。
「花京院。ありがと、な。」
承太郎が零した言葉は驚愕で、それでも酷く真面目な顔をしていう彼に、僕は言葉もなかった。
「空が綺麗だな」
承太郎がぽつりと空に向かって呟いた。
嬉しくて。寒くて眠くて非道く不機嫌なのに、心地よくて、僕は笑った。
end
2007.12.22
Songby PlasticTree
2009*2*22
オフ本[こんぺいとうの星]にて加筆
【水の檻】として修正