顔以外を嬲られ、痛みで気が抜けそうだ。なんで、私はこいつの前に出てくるような行動をとったんだ。私は危険なことはしたくないし、危機回避のために二人から距離をとったんだ。後はアンジェロの隠れる場所を教える手筈が……。
「……イッ!」
漏れた声に悦をなし妙な向きに曲がった右脚を重点的に痛め付けられる度に目の裏が白く眩む。
このまま、奴に好きなようにされて殺されるなんて……。
視界に入る映像はぼやけていて、顔さえ認識出来ない。石で滅多打ちされ体中痛む。なんで、こんな所で。こんな奴に……
「フフフっ。アハハッ! どうだよ? 兄弟仲良くいこうじゃあないか」
ベルトを手に掛ける奴の声が耳に入った。
兄弟……だと?
放り込めば一瞬で焼き尽くす紅蓮の炎が体の奥から沸き起こる。
こんな奴が兄弟なんて認めない!
「なっ!? テメエもスタンド使いか!」
後退るアンジェロの恐々した様子に私は振り返った。
赤黒いゾンビのような見た目。私もぼろぼろだが、スタンドもぼろぼろだった。呆けていた私にスタンドが殴りつけてきたと思ったらアンジェロのスタンドアクアネックレスの侵入を阻止してくれたらしい。中々のスピード。これならいける。
「いけェエエエ!!」
私の言葉に反応してアンジェロに殴りつけた。
「……!! な、何だァ? 弱っちいスタンドだなァ〜〜。脅かせやがって!」
何? 漸くスタンドが発現したというのに私のスタンドはパワーがないのか!?
「ならッ! お前の能力は何だ! 消し去る能力か!」
振り返ったスタンドは不気味な吐息とともに喋った。
『ソウゾウノグケンカ……。ココロニオモイウカブモノヲ……ツクリアゲル』
耳障りな音を発しながら喋るこいつはタマゲタ能力を言ってくれた。じゃあ、あれか? ゴジラでも出してくれるのか? 自分で思ったのもなんだが発想が子どもだ。ゴジラって……。
『ソウゾウデキルモノナラバ』
「ごちゃごちゃうるせえぞ!!」
私に殴りかかったアンジェロの目的は無理にでも口を開けさせること。
『ソウゾウ、コウチク、ムソウ……』
うるさい!! まじでヤバいこの状況に想像する暇もない。アクアネックレスが体内に侵入されたら一巻の終わりだ。
説明するように言葉を並べるスタンドだが、私がしてほしい事はそうじゃない! 少しでいいから気を逸らしてくれよ。
思いが通じたのかアンジェロを羽交い締めにしたスタンド。
こいつを殺すなら何だっていい!! 殺す!! コロシテヤル!!
目の前に現れたのは、真っ黒な戦闘服にヘルメット。全身装備された姿。自分のスタンドの見た目がゾンビだった故にホラーアクションゲーム、バイオハザードに出てくる戦闘員を思い浮かべていた。こいつはハンク!
初めて聞く発砲音に心臓が激しく鳴った。
ハンクは無慈悲にマシンガンをぶっ放し、アンジェロの体は地面へ落ちていく。真っ赤な血が吹き出て血溜まりがあっという間に出来た。
痛みに上手く呼吸が出来ず、アンジェロは唯々震えていた。
「ま、待ってく、れ!……ひっ、ひっ、こ、殺さないでっ」
まさかの命乞いで頭は冴えていくが体の熱はより熱さを持つ。こいつを殺せと怒り狂う。
「藤四郎!」
駆け寄ってくる承太郎と仗助は、血みどろのアンジェロと私、そのアンジェロを挟んだ二つの姿に戸惑っている。
「アンジェロ……!! テメエ!」
近付こうとする仗助にハンクは片手で止まれと制止をかけた。
こいつは殺す──。
やっと、理解した。私がここに居ることを。
形兆にスタンドを射貫かれて藤四郎はスタンド使いになった。けれど、スタンドを制御出来ずに暴走した。近くにいた人間を飲み込み続けた。それを、藤四郎は積年の恨みだったアンジェロを殺そうと思い立った。
藤四郎は兄が犯罪を犯してから生まれてこの方、犯罪者の身内として世間から散々な目に遭った。何をしても忌み嫌われ、一つも良いことなんてなかった。一家離散。ホームレス。逃れることのない犯罪者の親族というレッテル。この、好き勝手生きている男の弟だというだけで生き地獄を味わってきた。制御不能でも良かった。人を殺している。捕まるのも時間の問題。ならば、その前に兄を殺そうとした。そして、バイクを盗み刑務所に駆け付けようと急いだ。死刑執行される前に殺そうと思ったからだ。
視界の悪い山道で十トントラックと正面衝突に遭う。間違いなく即死だったろう。だが、藤四郎は安十郎を殺すという思いが制御不能だったスタンドを最初で最後の能力を開花させた。眼前迫るトラックを前にスタンドを発動させた。藤四郎のスタンドの能力は召還。呼び出したのがこの私。自分の体に取り入れ、別のスタンドが形成される。それがあのゾンビだ。そのゾンビは私が見たマンガの場面を再現した。それは、三部の承太郎が正面衝突しそうなトラックをスタープラチナで殴りつける事で回避したあの場面。きっと、藤四郎はトラックを回避するために、その方法を知っていた私を呼びだしたようだ。切羽詰まった状況に生存本能が強く働きスタンドを使いそれが上手くいき、ギリギリ生き延びた。
そして、スタンドが新たに形成されたように、一度出来てしまったものは戻らない。藤四郎はもう戻る事なく、藤四郎の体に別人格の私が居座る形になっていた。
それでも、やはり切っても切れない縁があったと言えばいいのか、彼の想いが呼び寄せたのか。私を承太郎は調べ、たどり着いた兄である犯罪者だった。こうして、安十郎の前にやってこれたわけである。兄を殺すという目的。
こいつを見て体が反応したのは、藤四郎がどうしても殺したかった相手だったからだ。人生をめちゃくちゃにされ恨まずにはいられなかった2人だけの兄弟。もう、藤四郎の精神すらなくなって他の別人格になろうとも体は藤四郎の強く深い怨嗟が残っていた。
―――
あのクソヤロウは原作通りのクソヤロウだった。子供を人質にし、仗助に岩にされた。
静かに泣いていた私に仗助は痛みで泣いていると思ったらしくすぐにクレイジー・Dで治してくれた。
余計に泣き出した私に仗助は慌てる。
体は治ったが精神は戻らなかった。
「もしかして、記憶が戻ったのか?」
「いや……。記憶が戻ったわけじゃない。けれど、わかったことがある」
どうしても、藤四郎に同情してしまうからだ。
先にどうして自分を産んだのかと親を恨み、そして、この元凶である安十郎を死ぬほど憎んでいた。
この藤四郎を通して犯罪を犯した加害者側の家族という悲惨な現実を知ってしまった。そして、藤四郎の生きる根底が兄への強い憎しみしかなかったという事にいたたまれなかった。
「私は藤四郎のスタンドで呼び寄せられたって事」
私は承太郎に話さなければならないと思った。藤四郎はもう、いない。自分が死んでも殺したかったこの悲しい男の末路を。