この物語は数奇の運命に巻き込まれた一般人の知られざる闘いの物語である。

 馬鹿な話をしよう。夜明けの早い時間。朝霧が出た山をバイクで爆走し、対向車線を走っていたトラックと衝突。勿論ボディー剥き出しのバイクの運転手の方が危険だ。意識不明の重体。自業自得としか言いようがない。なぜ、そんな話をしてるか。

「片桐さん、リハビリの時間です」

 その運転手が自分だったって話なんだ。分かるか? 私は分からない。自分のことなのに何もかも忘れてしまっているからだ。両脚複雑骨折に肩にボルトをはめ込み、激痛に苦しみ、辛いリハビリを行わなければならない! こんな痛い思いをしている自分自身が苛つく! 事故を起こす自分を怒鳴りつけてやりたい! なんで無謀な行動をとったのかと。でも、記憶がない。名前以外全て頭から抜け落ちてしまっている。しかしだ、片桐藤四郎と呼ばれている事に疑問を覚えたが、記憶喪失扱いされているため自分の名前のことは話していない。苦しみに悶えながら、必死に歩行のリハビリをこうして行っている。
 あちこちにある縫いつけた傷口も痛痒く消毒薬が鼻を付く。早くこの現状から逃げたしたい。その事ばかり頭に過ぎていた病院の一室のドアからノックが聞こえてきた。普段主治医や看護師はノックをしない。一体誰なのか。自分を訪ねてくる身内がいないことに気が付いた。


―――


 医療に貢献し世界的に活躍するSPW財団の中に、決して表立つことのない超常現象を取り扱う部門がある。その実、それこそがSPW財団の本懐である。SPW財団はスタンドと呼ばれる超能力を秘密裏に調査していた。そんな中、スタンドを悪用する者が現れたのである。力を持て余す凶悪犯罪。しかも、厄介な事にスタンドはスタンドでしか見れないため、スタンド能力者以外太刀打ち出来ない非常に危険な存在。まるで人智を越えた犯罪を調べていたSPW財団はある人物をマークしていた。
 名前は片桐藤四郎。日本人の男だ。失踪の事件が起きた。不可解なことに何かしらの痕跡も全くなく、失踪した人間も跡形もなく消えている。そんな奇妙な事件が続いていた時、ある人物の目撃情報があった。事件が起きる前、付近を彷徨く男の姿を近所に住む住人が見ていた。それが、片桐だった。SPW財団は彼の調査に乗り出した直後、彼はそれを知り、逃走を謀った。逃走中に事故に遇いSPW財団の医療機関に運ばれた。その際、予期せぬことが起こった。意識不明の重体から奇跡的に生還した片桐は、記憶を失っていた。それから、医師の診断結果はきちんと出ているので記憶喪失ということは間違いないようだが、元々得たいの知れないスタンド能力者だったためそれと関係するのか。結局それを知るすべはスタンド能力者に頼る事しかなくなってしまった。そのスタンド能力者空条承太郎は片桐藤四郎を見極めるため彼の入院先へ訪れた。


―――


 な……何を言っているかわからねーと思うがおれも何をされたかわからなかった……。
 あの男を見て妙な錯覚を覚えた。既視感を覚えたのだ。初対面であるはずの男に。体格に恵まれ麗しい顔は先ずお目にかかれない人間だ。一度見たら忘れるはずがない。じゃあなぜ見たことがあるのか。それはそいつが名乗った時、怒濤の情報が頭に流れた。
 こいつはくせぇッー!  ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッ―――ッ!!
 ストレイツォ容赦せん!!
 我がナチスの科学力はァァァァァァァアアア 世界一ィィィイイイイ
 ハッピー うれピー よろピくね〜
 ズアッ
 ジョセフ・ジョースター! きさま! 見ているなッ!
 てめーは俺を怒らせた
 呼んでいたマンガの紙面が頭を駆け巡った。そう、私はこいつをマンガで読んだんだ! こいつはジョジョの奇妙な冒険第三部の主人公空条承太郎! 私は咄嗟に顔の力を入れて平静を装った。承太郎に悟られるのは拙いと、反射的に思ったからだ。表情筋をフルに活用したおかげで不審に思われずに済んだはず。
 幾つかの質問を投げかけられそれを一応素直に答えたが、これは非常に厄介だ。私は、私が何かをやらかしたのかと知った。本当に片桐藤四郎という人物は知らない。だが、……片桐という苗字に聞き覚え――いや、正確には見た覚えというんだが、まあ、それはいい――がある。うろ覚えだが、第四部の最初の敵役として出てきたのが片桐安十郎だ。そいつは、第四部の主人公の東方仗助の祖父を殺している。片桐藤四郎が本名で間違いない事を教えてくれたのが決定的だった。恐らく、自分はあのアンジェロとか呼ばれていた片桐安十郎の親戚筋で、承太郎が先に質問した失踪の事件に自分がその犯人として容疑がかかっていると。そして、最後、これが見えるか? と中二病臭い事を良いながら承太郎はスタープラチナを出現させたのだろう。古代戦士のように勇ましいその姿……。そう、私にそのスタンドが見えていた。そして、表情筋が強張るのがバレてしまい、承太郎に見えている事もバレた。
 今思えば、病院のロゴや鏡に映る自分の顔、ヒントは幾つもあった。私はマンガの世界に居ることを。
 承太郎が退室してから強烈な痛みが走った。……長い時間座っていた影響だろう。奇跡的に生還したと聞いた体はぼろぼろなんだ。だが、その痛みが現実から遠ざけてくれたのが唯一の、今の私の救いだった。きっと、マンガの世界に迷い込んだ事に発狂していただろう。



 
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