普段歩く下校時に珍しいものを見た。長身の大柄は並の高校生じゃお目にかかれないであろう空条承太郎その人だった。目が合ったので無視するわけにもいかず、不良の彼に恐々と挨拶をした。

「じょ、承太郎……久しぶり」

 無論、彼が不良になってからは疎遠になってしまったのだが、それ以前は割と会話する間柄だ。
 別段、挨拶が返ってくるとも思っていなかったが、彼はああと、返してきて驚いた。
 このままじゃあと、言って素通りするのも可笑しな話であるが、彼も帰路に向かっているので同じ方向に歩くわけだ。けれど、先ほどの挨拶は言わば社交辞令の一環に過ぎない。そのまま話をするつもりもなかったので歩き過ぎようとした。
 突然影が差し、見れば隣を歩いていた承太郎に驚いた。足の長さが違うので自ら歩幅を合わせて私と一緒に歩いている。つまり、承太郎は私と一緒に帰ろうとしている。
 久しぶりとは本当の意味だ。お互い違う高校に入って以来顔を合わせたことはなかった。噂を耳にしてから、彼が喧嘩などをする不良になったと知ったくらいでその姿を見たのが今だった。印象がガラリと変わった――不良なんて無縁の私にとってあまりにも怖い存在――その畏怖する姿にもかかわらず話し掛けた私が原因なのか、全く会っていなかった人と以前と変わりなく何事もなく一緒に歩くという行動がとれるのだろうか。
 その行動をとった承太郎が分からない。
 供に歩く時間はそう長くはなかったが、承太郎という不良のせいで長い道のりに思えた。あれから結局一言も話さないまま私の家が見えてきた。じゃあと、口にして早々に門の中へ逃げる私にまたなと、投げかけた彼はその声にギョッとした私を見ずに歩き出していた。
 またなってなんだ。もう二度と会いたくない。
 知り合いが見ない間に不良になり偶々会った際一緒に帰り、別れ際にまたなと、声をかけられたという一種の恐怖体験は私にとって波紋が広がるように身に染みた。余程怖かったのか顔色が悪いと母に心配され早めの就寝をするくらいに。

 冬も強まり段々と冷えていく空気はなぜか物悲しく感じる。閉館した図書館を出て帰っていた私は大きく佇むそれをはっきりと認識するまで少し時間を有した。
 家の前に立っていたのはあの承太郎だった。恐怖体験の時の改造制服と違い、ジャケットにジーンズ姿だ。私の方に顔を向けると彼は近づいてきた。思わず後退ってしまう。

「よう」

「ど、どうしたの」

 目を細めながら近づいて来るのが怖かった。

「少し話しがしたい」

「……え?」

 話? なんで? 一体私と何を話そうって? 話す内容も検討すらつかない。三年も会っていないのに。いや、会っていないからか?

「もう進路は決まったのか?」

 目を見開き一瞬固まってしまうが、頑張って頷いてみせる。わざわざ、進路のことを聞くために家の前で待っていたのだろうか。いや、そんなはずはない。何の意味があるというのだろうか。

「俺はアメリカに行く」

 外国に行くのは驚いたが、彼の祖父はアメリカの名立たる不動産王というのは知っているので別に不思議じゃない。

「興味がある海についてアメリカの大学で学びたいと思っている」

 それは立派な心がけだ。不良が学びたいと口にするなんてと思っていたが彼は元々頭が良かったのを思い出した。なぜ、不良になったのか分からないが。

「お前は?」

「え?」

「お前はどうなんだ」

「……国立大学に行くつもり」

 もう、彼の全てが分からない。なぜ、ここへ来て互いの進路の話がしたいのか意味が分からない。

「じゃあ、会えなくなるな」

 承太郎はジャケットの内ポケットからピッと差し出されたのは一枚の紙。咄嗟に受け取ってしまった。

「アメリカで借りるアパートの住所と電話番号だ」

 紙は承太郎の言うように、外国の住所が日本語と英語の二種類と番号がそれぞれ書いてあった。

「たまにならいいだろ。連絡して欲しい」

「は?」

「……立ち話させて悪かったな。俺の話は終わりだ」

 じゃあなと、歩き出した承太郎の背中を呆然と見送ることになった。
 今度は恐怖ではなく疑問を残した。始終意味の分からないことだらけ。結局、その後、会うことなく無事に大学に合格し、慌ただしく日々を送っていた私はすっかり承太郎のことは頭から抜け落ちていた。

───

 バイトを終え帰宅した私は玄関から入って真正面置いてある花瓶が置いてある小洒落たインテリアの台の上に置かれた物が目についた。しかし、疲れた私は手に取ることなくそのままリビングへと足を進める。

「……ただいま」

「おかえり」

 キッチンに居た母は私をちらりと見る動作に違和感を覚えながらもいつも通り挨拶を交わす。
 父が暫く帰ってきてから遅い夕食を家族ととる。忙しく働く父、家事を完璧に熟す母、家族との食事を大事にするこの家庭はとても幸せなものだ。少ない家族の団欒の時間の際、テレビを付けない私たち家族は世間話をする。その時、母は私宛に手紙が来ていると告げた時に帰ってきたときの母の視線の違和感を理解した。あの手紙に気付かなかったのかと思ったからだろう。

「手紙? 珍しいね。誰からだろう」

 その言葉に母は微笑みをこぼした。その微笑みに父も食事の手を止めて母を見る。

「承太郎君よ! 懐かしいと思わない? ♪♪と小さい頃よく遊んでた」

 食事を終えすぐにその手紙に向かった。シンプルなエアメールの差出人は本当に彼からである。部屋へ入ると大雑把に開封しその中を改めれば、一枚の手紙ともう一枚の封筒。先に手紙の方に目を通す。内容は簡単な近況報告にサマーバケーションにアメリカに遊びに来ないかというお誘い。もう一方の封筒の中身は往復の航空券。
 送る相手が間違っているのではともう一度宛先を見れば私になっている。
 これは、顔見知りの行動にしては行き過ぎる。まさか承太郎は私を友達とでも思っているのではないだろうか……。
 時計を見れば九時20分。今頃アメリカは朝か。
 引き出しに仕舞っていた紙を探しあて、一時間経ってから緊張で少し震える指先が番号をひとつひとつ確認しながら押していく。暫くして馴れない電子音が聞こえて余計緊張が増すのが分かる。ブツッと、途切れる音とともにその声が聞こえてきた。

『Hello?』

「……わ、私、☆☆♪♪。久しぶり」

 向こうで息をのむ音が聞こえた。

『♪♪……』

 そう名前を呼ばれるのも慣れず本人と繋がったことに安心する。

「ごめん。今大丈夫?」

『ああ、問題ない。元気だったか』

 そう問われて今の不思議な現状を浮き彫りにした。なんで私はさも友達の様に彼と話しているのだろう? 可笑しくないか?

『……♪♪? どうした?』

「あ、いや。……ええと、……あ、うん。元気だよ」

『そうか。今電話をしたということは手紙が届いたんだな』

「う、ん。届いたよ」

『大体八月頃がそっちの夏休みと思ってチケットを取ったがどうなんだ?』

「いや、まあ、丁度夏休み入るけど……そもそもなんで私が承太郎のところに?」

 そもそも友達の様な間柄でもないとはさすがに言い及ぼす。

『会いたいからだ。ついでに、観光でもさせようかと思っただけだ』

 違う! そうじゃない。だから、なぜその相手が私なのだと聞きたい。母が言っていた様に確かに私は幼い頃承太郎と遊んでいた時もあった。いや、もっと言えば遊ぼう遊ぼうと誘いに来る子どもを相手するのが怠く、毛色の違いで浮いていた承太郎と付き合えばそれがなくなるから遊んであげただけである。そう言えばかなり酷い話なのだがこれが事実だ。

「……悪いけど、行けない」

『そうか』

「だから、チケットは承太郎に送るよ」

『いや、それはもうお前のもんだ。いらねえなら捨てろ』

「え!? いや、さすがに、それは!」

『押し付けて悪かったな。今から大学に出かけるから切るぜ。じゃあな』

「ちょっ! と、承太郎!?」

 既に切られている。気を悪くさせてしまったのだろうか。けど、押し付けて悪かったと言っていたし、もうこのチケットも送り返すことも出来ない。さすがに捨てるのは勿体ないから換金してくるか。
 言いたいことも言えず悶々とした何かはチケットのことにすり替わり結局忘れてしまった。

―――

 ♪♪と初めてあった日。俺は周りに馴染めずにいた。ハーフにより目が少し緑色で、近所のガキから詰られそのことを皮切りに友達が出来なかった。それでも、遊びたかった俺は近所の公園で遊ぶ集団を遠目で羨んでいた。その集団の中心だったのが♪♪だ。知らない遊びをよく知っていてガキたちは♪♪の知る遊びでよく盛り上がっていた。自然と♪♪を目で追っていたとき、視線が合っていたことに気づいたのはこちらに向かって歩いてきた♪♪の顔がはっきりと見えたからだ。集団から離れ俺の前まできた♪♪に緊張する。

「……どうも」

「え?」

 まるで大人がするよそよそしい挨拶に面食らう。

「あーと、♪♪っていいます。君、近所の子?」

「う、うん。僕、承太郎」

「良かったら一緒にどう?」

「え?」

「遊ばない?」

 まさか、遊びの誘いにくるとは思わなかった。♪♪は喜ぶ俺に笑みを浮かべ俺の手を握った。その様子を見ていたガキどもがわらわらやってきて俺は怖くて♪♪の背に隠れた。

「そいつ、変だから遊ばない!」

「♪♪、早く戻ってよ」

 繋がれた手を引き離そうとするガキまでいた。しかし、そのガキの手を♪♪は素早く払い投げ、その行動に周りのガキは驚いていた。

「私、承太郎と遊ぶから」

 その強い口調にさすがにガキたちは諦めて逃げていった。

「よ、よかったの? 僕のせいで♪♪ちゃんが……」

「構わない」

 強い眼差しに言いかけた口が閉口する。

「君のせいじゃないから」

 仲間外れの俺に相手をした♪♪は友達が離れてもなんとも思っていないように振る舞い、俺を安心させたんだ。その優しさに好きになった。
 それから二人でよく遊んだ。とても、楽しい時間だった。だが、小学校に入学してからすぐのことだった。最初は勘違いかも知れないと思っていた。俺と距離を取ろうとしているのかも知れない……。理由が分からず直接本人に聞いてみたが、のらりくらりとはぐらかされて終わりだ。俺も♪♪との関係が壊れることを恐れ強く出られなかった。微妙な距離感のまま気が付けば小学校を卒業が目前に♪♪が差し出したものに漸くその理由を察した。ラブレターだ。名も知らない同じ小学校の女子児童が書いた俺宛のラブレターを♪♪が渡してきた。どうしてこれをと聞けば渡して欲しいと頼まれたからだと。小学生になると馴染めるようになりそこから女から好意を寄せられるようになった。それを知った♪♪は俺と距離を取った。それが分かった俺は愕然とした。♪♪は俺に向かう好意に沿おうとしたことに。
 それから、中学校に入学してから益々女からの好意が寄せられるようになり俺は断り続けなんとか♪♪の気を引こうと必死だった。
 進路の時期に差し掛かり♪♪の行きたい高校を聞いてみた。

「都立女子校」

 つまり、高校は別になってしまうわけだ。俺は焦った。全国模試で上位に上がる♪♪なら希望の高校はどこでも受かる。女子校に入って仕舞えば完全に♪♪と過ごす時間がなくなってしまう。どうするか悩んでいたときに俺の耳に入ってきた雑談。その中に♪♪の声が混じっていて思わず聞き耳を立てた。

「ねえ、♪♪ってさあ。好きなタイプとかって何?」

 まさかのタイミングの良さに全神経を耳に集中させて♪♪の声を待った。

「……そうだな。強い人かな」

 その言葉に周りは盛り上がっていたがもう聞こえはしなかった。確かに聞いた。♪♪の好きなタイプが強い人。

 高校を入学してしてからというのも喧嘩に明け暮れ不良というレッテルをはられた。♪♪にアタックしようとしたその日、俺にスタンドが発生し、DIOへの因縁に巻き込まれた。そして、仲間の命を落としDIOに勝利した。この闘いで失った悲しみを知ってしまった俺は恋いこがれた♪♪に絶対に諦めない想いを強くした。
 三年掛かった俺の努力は無駄だったと知る。♪♪の帰りを待っていた俺は♪♪を確認した。思慮深い瞳が俺を映すと顔が今まで見たことがないほど恐怖に歪んでいた。俺を♪♪は怖がっている。以前の関係よりも限りなく悪化した。そばに寄れば顔面蒼白で震えとても話せる状況ではない。俺は♪♪の会話を鵜呑みにしてしまったが、♪♪の性格からして便宜的に言っただけだった。漸く多大なる勘違いをしていたらしい。
 それからは長らく休んでいた高校の単位と補習に明け暮れ、♪♪との関係が改善されることなく高校卒業してしアメリカに渡った。望み薄でアメリカの連絡先を押し付けたが案の定♪♪からの連絡はない。♪♪が無視出来ないだろうと踏んでアメリカのチケットを送り連絡してくるか待った。まだ連絡先を記した紙を持っているか確認する俺は情けないほど女々しい。♪♪からの電話があり紙を捨てずに持っていたことに安堵し♪♪の声を聞いて余計に会いたくなった。



きっと承太郎は夢主を諦めないんでしょうね。そして、夢主も承太郎を受け入れないでしょう。このまま行けば六部は訪れない! どうする!? きっと四部もこのままいくでしょう。
 
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