どうしようもないボス
「はぁっはぁっ、はぁっ」
最悪だ。
まったく、今日はついていない。途中までうまくいったと思っていたのに、とんだ誤算だ。
廃工場の屋根まで上れば、俺は勢いよく隣の家の屋根に飛び移った。
こういう時のためにパルクールを取得しておいてよかったと思うのもつかの間、後ろからイタリア語で怒号を浴びせてくる男に震えあがった。
手に拳銃を見せつけてくる始末で、俺は仕方なくケータイを取り出し電話を掛けた。
綱吉から連絡を受ける数十分前。
いない、いない、ちょっと目を離したすきに逃げやがった。
「おい、獄寺。ツナはどこにやった?」
「へ?いないんですか?」
「いねぇ、チッまた逃げやがったな、あいつ」
珈琲を運んでくる途中の獄寺に聞いても有力な情報は得ることができなかった。
俺は舌打ちすると屋敷中を歩き回ってみたが、一向に出てくる気配がない。
それに、屋敷の中にはツナの気配がしないのだ。
「あいつ、外に出たのか」
ツナが脱走することはよくあるが、今日ばかりは警戒を怠っていた俺も悪い。
外では抗争が激化していてツナだって見つかれば巻き込まれかねないのだ。
どこに行きやがった、と毒づいて見せたその時内ポケットの中のケータイが震える。
俺はそれを出してかけてきた人物を確認すると、そこには綱吉と表示されていて俺はイライラとしながら出た。
「おい、どこほっつき歩いてる。さっさときやがれバカツナ」
『エマージェンシー、エマージェンシー』
「…なんだ、巻き込まれたとかほざきやがったら助けにいかねぇぞ」
『たすけてよー、俺追いかけられてて…後ろに三人ほど、いつものピザ屋のあたりの屋根を走って逃げてるから』
「なんで屋根で逃げてんだよ、馬鹿か」
俺はツナの示す方向を窓から凝視するが見えることはない。
仕方なく俺は拳銃を片手に急いで屋敷を出るとバイクにまたがった。
「リボーンさん、十代目は!?」
「思った通り、ばかやってるらしい。行ってくるからお前は待ってろ」
「はいっ」
ついてきそうな勢いの獄寺に待ったをかけるとそのまま走らせた。
電話は一方的に切って、運転に集中する。
助けないといったにもかかわらず結局こうしてツナを見つけようと躍起になるあたり、どうしようもない。
それにしても屋根とは…パルクールは教えない方が良かったかもしれないと今更になって後悔する。
こんな街中で披露してしまっては、格好の獲物だということを身に染みてわからせてやらなければならないらしい。
街までやってくると、俺は上空を仰いだ。
街の方もあまり騒ぎになっていないからここら辺ではないのだろう。
どこだと俺はバイクをおいて街を歩いた。
片手には銃を携えて、注意深く気配を探る。
「どこにいきやがった、ツナ」
ツナの足取りからすればここからはそう遠くない場所だろう。
すると、後ろの方から屋根の上を走る音が聞こえた。
俺はそっちに視線を向けると同時に銃も向けた。
しばらくすると人間の足が見え、それが宙を舞う。そしてそのあとに追いかける男が三人。
こちらは、追いかけることに疲れてきているのか動きは鈍い。
俺はそこに照準を合わせると三発銃声を鳴らした。
男たちはうめき声をあげ、屋根から落ちてきた者もいればそのまま屋根に倒れ伏した奴もいる。
これで全部かと俺は身を隠しながら銃をしまう。
上を見ていれば、屋根からツナがひょこっと顔を出して見せた。
「ったく、迎えに来てやったんだ。早く降りてこい」
「ありがとう、いやぁ…どうしようかと思ってた」
途中まで壁につかまって降りてきていたが、足場がなくなると俺の腕の中へと降りてきた。
身軽なこいつだからできることだと思っている。
ため息を吐いてツナを地面へとおろした。
「で、何しに来てたのか説明してもらおうか、ボス?」
「ひぃ…ちょっと抜け出そうと思って…ですね」
聞けば仕事がつらくなって息抜きのつもりで抜け出したら、なんだか楽しくなっちゃって時間を忘れて楽しんでいたら、自分をつけている気配に気づいて怖くなって人気のない場所に入り込んだのはいいものの、どうしようもなくなって屋根に飛び移ってそこから屋根上の逃走劇は幕を開けたのだった。
そして、武器も持たずに出てきたツナは俺に助けを求めるべくケータイに電話を掛けた、ということらしかった。
まったく、一介のボスがそんなんでどうするというのだろうか。
俺だって都合よく手が空いているわけでもない、できる限りはこうして助けに来るが手が離せないときだってある。
「いつも武器だけは持ち歩けって言ってるだろ」
「だって、拳銃は重いし慣れないし…」
「それでも護身用に持てっていくら言ったらわかるんだ、ここは日本じゃねぇんだぞ」
「わかってるよ…」
怒られてすねているツナを連れてバイクの後ろへと乗せた。
これ以上ここにいさせるわけにもいかない。
面倒事ばかり押し付けやがって、と毒づきながらも無事でよかったと安堵する。
無防備すぎて、こっちはいつも冷や汗ものだ。
いい加減こいつに内緒で見張りをつけさせるのもいいなと思うが、それは自分がしたいと思ってしまうからダメだ。
何を考えても、結局行きつく先はツナの隣にいる自分だ。
独占欲が強い、といっていいのか庇護欲が強いのか自分では判断できない。
「リボーン、ありがとう」
「…助けを求めるぐらいなら、今度から俺に一言言ってけ」
「だしてくれるの?」
「気分による」
「えー」
背中に額を押し付けて、しっかりと腰に手を回すその感触を楽しんでいた。
バイクで二人乗りも悪くないなと柄にもなく思いながら、ツナの返事に笑ってやる。
「ご褒美としてなら、外出に付き合ってやらなくもないぞ」
「ご褒美って?」
「しっかり仕事したご褒美だ」
悪くないだろうといってやれば、少し悩んだのち選びきれずうーんとうなっている。
ご褒美といって聞こえは悪くないのだから、その場のノリで頷いてしまえばいいのに面倒な奴だな。
「仕事したら連れてってやるっつってんだ、喜べ」
「せんせー、終わりの目途が立たない場合どうすればいいですかー」
「死ぬ気でやれ」
「もー横暴…俺何徹すればいいんだよぉ」
バイクの後ろでわーぎゃーわーぎゃー往生際の悪いことを言い続けるツナの相手をしてやりつつ戻れば、獄寺は心配していてほかの奴らはどこ吹く風でツナを出迎えていた。
大体こんなものだ、生死の境をさまよったわけでもなく、俺がツナを助けに出た、それだけで無事は証明されているという事実。
まぁ、こうも頻繁にボスが危機的状況に陥ることも早々ないうえに、助けられることもあまりないが、俺がこうして連れて帰ってくれば守護者の心配もなくなる。
ツナに興味のないふりをするのはいい加減やめればいいのに、骸と雲雀はそれをやめない。
見ていて楽しいからあえて何かを言うことはしないが、そのたびツナは少し誤解をしているらしくさみしそうな顔をするのだ。
「あいつらはいつものことだろうが」
「わかってるけどさ…」
仕事に戻れとせかせば、すぐに机に向かい始めた。
ボスの日常なんてこんなものだ。
本当なら、机に向かっているのだから、誘拐事件まがいなことすらも起きることはない。
今回は首を狙われていたようだが、そこまで厄介ごとを持ってくる男というのも珍しい。
「外に行くときは、俺がちゃんといてやるから勝手にどこかに行くな。わかったな?」
「はぁい」
いつもの立ち位置、ツナはボスの顔をして書類に手を付け始めた。
俺も今度はなるべく離れないようにどこに行くにも、すぐに向かえるように、どうしようもないボスの隣に立つ。
END