素敵な生活
それは何でもない日のこと、街が騒がしくて俺とリボーンと骸で駆けつけてみればマフィア同士の小競り合いだったようだ。
とりあえず、その二つが争っているそこはボンゴレの領土であり、つまりは俺が仕切らなければならなくて、その二人の間に割って入ったのだが、どうやらそれは罠だったらしい。
すぐさま誰かの通報で駆け付けた警察に、素早く逃げて行ったそいつら、残されて逃げ遅れたのは俺で、リボーンに手を伸ばそうとしたのだが、するりと振り払われた。
「お前は捕まっとけ、何かある」
「え、ちょっ…待ってよ」
「俺たちについてくるよりそっちの方が安全だ、落ち着いたら迎えに行ってやるから待ってろ」
一瞬だけギュッと握られて離されたそれに、俺は苛立ちと戸惑いのはざまにおいて行かれ、あえなく俺は自分の腕に手錠をかけられるという事態に陥ったのだった。
骸は、あきれていていながらも俺に手を伸ばすことはなく、そのシーンだけが俺の頭にしばらくの間トラウマとしてこびりつく羽目になった。
「で、監獄の中なわけだけど…」
かび臭いうえにむさくるしく、せめての救いが一人一つの牢屋だったってことだろうか。
二人一つとか、三人一つとかだったら確実に食われている…俺の尻が。
それほどに、ぎらぎらとしたまなざしが熱いぐらいに俺と隣にいる人の牢屋に向けられているのだ。
さしずめ、檻の中のモルモットの気分といったところか。
知りたくもなかった…。
「はぁ…いつまでこの状態なんだよぉ…」
俺は視線から逃げるように奥の古臭いベッドに座り込んでいた。
時々見まわる看守からは新入りに気軽に声をかけてくる奴もいる。それもなんだか狙っている目をしているのだ。
牢屋の中というのは初めて体験したが、もう二度と入りたくないと思うばかりだった。
俺の罪は、何だか知らないがいろんなことを言われて要約すると俺は首謀者にされてしまっているらしかった。
それも奴らの仕組んだ罠だったのだろうか。
あれが俺をはめるために仕組まれたものだとしたら、俺を牢屋に入れて何をしようというのだろうか。
そりゃ、ボスがいなきゃ勤まらないこともあるだろうが、俺よりもできた守護者がいる。
ボンゴレは早々に落ちることはない、むしろ俺の方が足手まといだとして不思議じゃない…。
「って、もしかしてそういう意味でのお前は捕まっとけ、だったり…」
リボーンのことだ当たってそうで怖い。俺ははぁ、と深いため息を吐きながらこの先のことを考えていた。
どうやっても自力では逃げられなさそうだ。
ここは、外からも中からも守られている絶対逃げられない監獄とうたわれるほどのものらしい。
まぁ、逃げずとも片付けば何かしら手を打って外に出れるようにはしてくれるだろうが、何分ここは居心地が悪い。
何日貞操を守れるか、俺の懸念はそれしかない。
すると、こんこん、と聞こえた。
周りを見渡し看守もぎらついた眼の中にもこの音に気付いた者はいないようだ。
どこから聞こえてくるのだろうと周りを見回して、するともう一度こんこん、と聞こえた。
それは、隣の牢屋を隔てる壁だとわかり、俺は手をついて、こんこん、と返事をしてみる。
「よお、新入りさん」
「あ、はぁ…」
「こっち、ここ…穴開いてんだけど」
声がした方へと顔を向けると壁の隅、風が通っている場所がありそこを覗き込めば向こう側が見えた。
「おたく、ここらへんの奴らじゃないの?」
「…まぁ」
「そっか、俺も実はここらへんにいるわけじゃねぇからよくわかんなくてさ。隣同士、仲よくしてくれよ」
にっこりと笑った人懐っこそうな顔をしたブロンド髪に金の瞳の男はそういった。
それに付け加えて、貞操を狙われてるもん同士、な、と言われて少し安心した。
悪い人じゃないかもしれない。
ここにいる以上何かやってしまった人なんだろうけれど、こういう時の勘はあまり外したことがない。
「よろしくお願いします」
「俺は、ジャンっていうんだ。あんたは?」
「綱吉です」
「ふぅん、アジアの人?」
「そんなところです」
「そっか、じゃあますます気になるな」
カタカナの名前じゃないところですでに怪しまれた。
イタリアでこの名前は一発で東洋の人間だとばれてしまう。いっそカタカナの名前を考えてもらうべきかと悩んでしまうが、リボーンがそんなことしなくていいといっていたこともあるし気にしないようにしよう。
そして、そのジャンの話はまだ続いているようだ。
にやりと笑って、言葉をつづけた。
「綱吉、どこのシマのもんだ?」
「え…」
「ここは見ての通り、マフィアの監獄といってもいい。ちょっとやそっとで逃げられないように中も外も厳重警戒。入れるのは弁護士の人間かお偉いさんぐらい。そんな中入ってきた一人の新入り、しかも外国人…気にならない方がおかしい」
「読みがうまい」
「まぁ、ちょっとばかり俺も名が知られてるからな」
ジャンの言葉には嘘がないように見えた。
けれど、だからと言って俺がボスだなんて言っていいはずもない。
「ちょっと、マフィアの小競り合いに巻き込まれちゃって…すぐに出してもらえるはずなんだ」
「工作員かなんか?」
「…そういう感じかな」
ははは、と半分嘘を混ぜて説明すればふぅんとそれで納得してくれたらしい。
そういうジャンも聞いてみれば、誰かの代わりに放り込まれたのだそうだ。
マフィアの中ではよくある話で、ボスや幹部が捕まるわけにいかず代わりの人間を捕まらせるのだ。
俺の場合代わりもなにもなく本物なのだが…。
それから、ジャンとは意気投合。休み時間や風呂の時間をよく共有して、監獄の中だというのになかなか楽しい毎日を送っていた。
その間も雲雀さんを通じて草壁さんが様子を見に来てくれ、手紙を渡された。
中には、今ちょうど立て込んでいて少し時間がかかるということと、弁護士は草壁に任せているから何かあったら遠慮なく言っておけというものだった。
「立て込んでるって…なにしてんだよ」
俺がいない間に何もかも片付ける気だというのを知って、ますますため息が深くなる。
頼もしい守護者たちだが、暴走すると少しばかり手におえない部分もある。
それを俺がいない間にやってくれたりするので、ますます心配だ。
リボーンなんかはそれに拍車をかけるから…。
「あー、もー…心配だぁ」
「どーしたんだ、ツナ?」
「あ、いや…ちょっと、俺がいない間になんか大変なことになってるっぽくて…」
「そっか、なんか最近外が騒がしいもんなァ」
「ジャンも何か知ってるのか?」
「いんや、なにもしらね…ってか、知ってるとすりゃ自分の奴らのことぐらいで…。俺の周りにも結構暴走しちまうやつらがいてさ、心配なんだよなあ」
そろそろでてぇなぁなんて言いながら、ジャンの声が遠くなった。
ベッドにでも寝ころんだのかと思って適当に相槌を打ちながら、俺はリボーンたちのことを考えていた。
俺がここから出て仲介に行ったところで何が起こるわけでもないだろう。
俺はただなだめられて近くに来るなと言われてしまう。
これがボスだといって誰が納得するだろうか。
ここに来てからというもの、こういう感情を忘れることができたのだがまた後ろ向きなことが浮かんでくるようになった。
俺は、本当にボスでいいのだろうか…こんなに、責任感もないような人間が…。
「ツナー?」
「あ、な…なに?」
「俺さ、帰ることにしたわ。世話んなった、できればツナがでるときまで一緒にいてぇけど、タイミングってもんがあってさ…ごめんな」
「帰るって……え」
「しー、看守が来るだろ」
声が目の前で聞こえてそちらを見ると牢屋の外にジャンがいて、俺は驚いて声を上げそうになりあわてて自分の手で口をふさいだ。
「お前は誰かが来るかもしれねぇけど、俺は自分で出るしかないわけ。だから、じゃあな…また逢えたらいいな」
「ジャン…」
「お前を狙ってるやつらにはちょーっと釘さしといたから、安心して過ごせよ」
チュッと投げキッスをしてみんなが見ている中一人身軽にこの出ることも入ることもできないといわれる牢獄から、逃げ出していったのだ。
しばらくして警報音が鳴り響き、看守が隣を確認したのちにライトが照らされてくまなく探されたが、ジャンが再び隣に戻ってくることはなかった。
不思議な男だった。
後日、ほかの囚人に聞いたところジャンはひそかに情報を集めて脱獄する準備をしていたらしい。
俺の知らないところで、いろんなところに手を回して、計画を練っていたというのだ。
結構一緒にいたと思うのに。すごい行動力だと感心して、それでももうジャンには出会えないんだろうなと思った。
むしろ、あえない方がいい。マフィアのボスが捕まっていたなどと知られては恥ずかしくてたまらないだろうから…。
俺はといえば、それから三日後に監獄から出してもらえることになった。
迎えに来てくれた草壁さんにいろいろと話を聞いてもらい、屋敷の様子なども教えてもらった。
やはり、俺を捕まらせてから襲撃にあっていたらしい。
もちろん、そんなんで崩れるボンゴレではない。
俺がいなくなったことで、ストッパーのいなくなった仲間たちは容赦なく敵を一匹も残さずに殲滅したのだそうだ。
「うわ…もう、なにそれ。地獄絵図」
「はい、まさにそれでした」
草壁さんにもひばりさんは止めることができなかったらしい。
ディーノさんは無理やり参戦させられて足腰立たなくさせられたとか何とか…。
聞けば聞くほど自分の仲間が怖くなっていき、俺は遠い目になってしまった。
そして、屋敷につけば、リボーンや隼人が笑顔で出迎えてくれた。
「十代目、お疲れ様です。お風呂にしますか?それとも食事ですか?」
「…お風呂にするよ」
「ツナ、それよりお前はまだ仕事が残ってるぞ」
「もうリボーンだけでして、俺怖かったんだからな。おいてくなんて…」
いつもと変わらないリボーンにいらっとして自室に向かいながらリボーンに八つ当たりした。
あの時の俺の絶望感を味あわせてやりたい。
「あれが一番簡単だったんだ。許せ、ツナ」
「許さない、俺をなんだと思ってるんだよ。ボスだぞ、これでも一番偉いの」
「ったく、ご無礼まことにすみませんでしたボス」
「……」
「お前の安全を考えたら、あれが一番早かったんだ。一人にしてすまん」
何度も謝るリボーンに本当に反省しているかと、ちらりと窺えばもうこれ以上どうすればいいかわからない顔をしていて、意外なことに俺はぷっと吹き出してしまった。
滅多に平常心を失わないリボーンがそこまで取り乱すのも珍しい。
「お前、笑ったな?」
「ごめん、なんかリボーンが珍しく反省してるから」
「それじゃ俺がいつも反省してねぇみたいだろうが」
「反省してないだろ」
自室に入るなり俺は風呂といったのに寝室に向かった。
後から入ってくるリボーンを引き寄せて首に腕を回して、背伸びをする。
「お詫びにキスして」
「自分で偉そうな態度とったのに、それでいいのか」
「いいんだよ、これでチャラにしてやるんだから感謝しろよ」
上からな態度をとってもリボーンにはあまり効果がないように見える。
それもそうだろう、こういうやり取りは慣れてしまったのだから。
ゆっくり目を閉じると柔らかく唇をふさがれる。
それが久しぶりで、暖かくてそっと身体の力が抜ける。
「今日はたっぷりしてくれる?」
「ああ、風呂に入った後でな」
なら、しっかりと全身洗ってもらってからたっぷり甘えてやろうと俺は考えて口端をほころばせたのだった。
END