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ボンゴレ十世を襲名してから五年、マフィアのボスになれととんでもない運命を背負わされてから十年目の誕生日の出来事だった。
ボンゴレを総括する上層部から届いた一通の手紙を見て俺は肺の底から絞り出すようなため息をついた。



「誕生日に相手を選ぶパーティーを開くなんて最悪だ…」

丁寧な文字列、それは丁寧にかかれているがもうそろそろ世継ぎを作るために結婚しろと言うものだった。
ボンゴレは代々二十五歳までに交際相手がいない場合、誕生日にパーティーを開き相手を探すというのがしきたりらしい。
初恋の相手にはあえなく破れ、それからはひっそりと恋をして来たのだ。
そう、俺には好きな人がいた。だが、その人も男だった。世継ぎをと言われてしまうなんて思ってなかったし俺はこの恋が成就しなくてもいいと思っていた。
心の奥にそっと秘めたまま、終わっていけたらと思った。
それに、無理に恋仲にならなくてもその人はずっと傍に居てくれる確信があった。

「よかったな、ツナ」
「なにもよくないよ、楽しんでるだろ」
「それもこれもお前が適当な愛人を見繕えば済む話だろうが」
「いやだよ、そんな身体で遊ぶみたいなこと」

このイタリア語で書かれた手紙を訳したリボーンが部屋に入ってくると片手にはエスプレッソを持っていた。
しかも、リボーンは俺にこの手紙が届いてからというもの始終楽しそうで俺としては泣きそうになるほどだ。
そう、俺が好きになったのは目の前の気に食わない男である。そのくせずっとこの想いを伝えないままでいる。
気に食わない男…リボーンは、元は俺の家庭教師であり今ではボンゴレ直属のヒットマンとして名を馳せている。リボーンは俺の補佐の役割も担っていて、隼人と役割を分担しているようだ。

「だったら恋人ぐらい作れ」
「そっ…無理だよ、俺は京子ちゃん忘れられない」

リボーンに言われた一言にはカチンときて思わずそんなの無理だと言いそうになって、それはなんでかと問われるのをとっさに予想して京子ちゃんを引き合いに出してしまった。
彼女のことは好きでも、もう想いなんて残っていない。
それに、去年日本から届いた手紙を開けたら差出人は京子ちゃんで、あろうことか結婚式の招待状だったのだ。
京子ちゃんはもう結婚している、添えられていた写真はとても幸せそうでお兄さんが男泣きしていたのが印象的だ。
俺としてはとても行きたいところだったが、あいにく俺なんかが行って大変なことが起きては困ると断ったのだ。そのかわりお兄さんにお祝いのメッセージを持って行ってもらったが…。

「いい加減初恋はやめろ、京子だって迷惑だろ」
「わかってるよ」
「これを機に相手を選ぶのもいいだろう?どういう女がいいとかあるなら適当に見繕ってやる」
「なんでリボーンがやることになってるんだよ?」
「俺がパーティの手配を任せられてるからな」

上からの命令だ、こっちだってそんなことしてる暇があるなら仕事したいくらいだぞ、と言っているがリボーンがむしろ早く結婚しろと言っているようで俺の中でふつふつと納得できない思いが芽生えてきた。
そりゃ、俺の気持ちなんかリボーンにわかるわけでもないんだろうけどさ。
俺はこんなにもリボーンが好きで、一番頼りでこれ以上なんて必要ないのに。

「で、好みとかあったらそれに合わせてやるぞ」
「…っ…小さくて金髪美人で胸が大きくてかわいくてお前みたいな意地悪言わない女の子っ!!!」

耐えきれずバンッと机に手に持っていた手紙を叩きつけて部屋を出て行こうとすれば、背中にさぼるなと声が聞こえて、咄嗟に雲雀さんのところに行ってくるっと答えると部屋を出た。
もう知らない、どうにでもなれっ。
雲雀さんのところになんて用事はなかったけど、リボーンがいないところに行かないと気が済まなかった。
一目散に走って雲雀さんの部屋の前に来ると、結局はいる勇気もなく息を乱して何をしているのかと自己嫌悪が襲ってきた。
そして、運悪く扉が開いて雲雀さんと目があった。

「君、なにしてるの」
「あ、いや…その、特に用事はないんですけど…」
「ならどいて、僕は今から出かけなきゃならないんだ」

いつものように冷たい言葉に俺は苦笑を浮かべつつ道を譲る。
そうして、ふっと思ったことを口にしようか迷った。
俺の記憶が正しければディーノさんと雲雀さんは付き合ってた気がする。もちろん、隠れてだ。
まぁ、ディーノさんのファミリーは公認のようだけど、こっちでは何かとうるさいからというわけでごく一部しか知らない。

「あの、雲雀さんは…ディーノさんと付き合えてよかったって、思いますか」

結局俺の中でしまっておくことができず、問いかけてしまった。
雲雀さんは向かいかけた足を止めて振り返り、俺を下から上まで舐めるように見た後にふっと笑った。

「それを聞いてどうするかは知らないけれど、そう見えてたら君の眼は節穴だよ。僕は望んでそんな関係になったわけじゃないからね」
「え、どういう意味ですか」
「いちいち説明するほど僕には時間がないんだ、自分で考えなよ。そんな固い頭でちゃんと理解できるかはわからないけどね」

付き合っていることが不本意といいたいような響きを持っているのになんでか雲雀さんはそれがいいとばかりに笑っていて、颯爽と歩いて行ってしまった。
たぶん、雲雀さんがそういう風に思っていることもディーノさんは理解していたりするのだろう。
あの人もあの人でちゃんとしている…まぁ、一人の時がダメダメなだけだから…。
雲雀さんがいなくなって、俺はようやく自分の逃げ道がなくなったことを理解した。

「あー、どこに隠れようかな…」

暫くリボーンとは顔を合わせたくないな、と小さくため息を零した。
相手選びなんて、いまどきやらないしもう少し先だって問題ないじゃないか。
多分、いつ死んでもいいようにとかそういう理由からだからだろうけどそんな押し付けがましい理由を突きつけられたくない。
気が乗らないというか、どうしてめでたいであろう自分の誕生日にそんなことを…。

「はぁぁあああ、最悪」

俺は吐き捨てるように一言零すと人目を忍ぶように屋敷の外へと抜け出した。




現実逃避といっても時間になれば帰らなければならない。
むしろ、仕事が数多く残っていると思うと早々席を空けてはいられないのだ。
この十年で培われたものといえば、ボスとしての責任感とさぼればそれだけ自分に返ってくるという途方もない現実主義だった。
あの頃は本当に好き勝手できていた。
外に出かけていたが、そっと屋敷に戻ってきて、そろりと執務室を覗くとリボーンはいなかったので何食わぬ顔で椅子に座ってやりかけた作業を再開する。
手紙はどこかにいってしまっていて探したら机の引き出しにちゃんとしまわれていた。
リボーンが入れたんだろうけれど、忘れるなと言われているようで俺にはますます憂鬱になるのだった。

「本気なのかな…本気だろうな…」

リボーンも上からの命令には逆らえないと言っていた。
俺だって逆らえないのだから当然だ。気持ちが沈む。
残り一週間、準備もおしているというのにこのタイミングでよくもパーティーを開くなんてことができるものだ。
多分、俺の逃げ道も塞ぎたかったんだろうなと思うと言葉が出ない。
これから一週間は寝るのも起きるのも嫌になるなと判子をうつ手が止まる。
リボーンはどう思っているのだろうか。俺が好きだというのはおいておいても俺がそういうのに興味ないことは確かにわかっているはず。
むしろ、仕事でも足を引っ張ることが多い俺に妻なんて現実味がなさ過ぎると思わないか。
俺は自分の事ばかりに気をとられていてリボーンがどう思っているのか聞き忘れていた。
けれど、その日リボーンが執務室に現れることはなくて忙しいのだから当たり前かと俺は少しがっかりしたのだった。

*****

ツナの誕生日まで残り一週間と迫ったこの日にとある手紙が届いた。
それは俺の予想をはるかに超えるものだったのだが、俺は予想していた事態でもあった。
こういうことは前にもあったからだ。
ボンゴレのボス、否マフィアのボスというのは短命だ。下手をすればすぐに命を落とす危険性がある。
だからこそ、世継ぎは早く作っておきたいと…そういいたいのだろう。
だが、ツナは違う。あいつは俺が好きなんだ、誰にも渡せるわけがないだろう。

「ずっと俺を見てくるようにしたんだ、これ以上邪魔が入ってたまるか」

長い時間をかけて、少しずつ俺を…俺だけをみるようにしていた。
そのためには、ある仕込みをしなければならない。
ツナの要望通り好みの女らしいところには招待状を送った。
いくらツナの好みでも、こっちはこっちで結婚をせがむマフィアのボスを夫に迎えたい貴族の娘は限られてくる。
多少その範疇からずれても文句は言わないはずだし、パーティーなんてものは開いてしまえばこっちのものなのだ。

「五十人程度と、あの会場の広さからもう少しぐらいは呼べるか…」

今回はボンゴレの屋敷でやるのはやめた。
いろんな女を招くため、何かあってからでは遅い。
護衛には守護者を主に外は部下でまとめる。
中にいるのは基本守護者でそろえれば大丈夫か…。
それと楽しみ要素も加える為、ディーノの所から部下を複数名…。
こっちは電話で済ませられるか…。あとは、もう一つ仕込んで準備はよくなるはずだ。
頭で考えながら俺は名簿リストを作っていく。出席者を把握するためにはこれぐらい必要だ。
あとはご機嫌取りに上に電話をかけて…。
時計を見れば日付を越えていて、すっかりツナの姿を探すのを忘れていた。

「あいつは…感情的に動く癖を何とかできないもんかと思うが…今のうち、とでも思っておくか。ツナが近くに居たら気づかれる心配があるしな」

ケーキを手配して、料理もだな…。
独り言を呟きながら一つ一つの作業を終わらせていく。
他の奴らにはまだ話は通してないが、最悪ギリギリでも大丈夫だろう。予定は全部把握している。
それに、ツナの誕生日に予定を入れる奴は早々いない。
あれで一番慕われるボスだ、俺が嫉妬するぐらいにはな。
俺は小さく笑って、欠伸をかみ殺す。
それと喧嘩を売ってきた上の奴らにこっちからも宣戦布告をしなければならないことを思い出した。
俺は受話器を取って手紙を送ってきただろう上の方へと電話をかける。

「…俺だ」

二、三やりとりを繰り返して向こうが何か言い返してこないうちにこっちから言い返してやる。
こっちはできる限り言い分を聞こうとしてるのだからそっちだって多少の変更は聞き入れるべきだろう。
しきたり?ここまでの歴史?そんなこと関係ない、今はあいつがボスだ。
あいつがやれることをやらせるのが一番よくて、やれないことを強要することではないだろう。
不利なのはこっちだったが、なんとか言いくるめることに成功して俺はため息を吐いた。
それと、もう一つの連絡先はビアンキか…。

「あいつにも久しぶりに連絡をとるな」

愛人だと言って赤ん坊である俺の身体でも執着し、長い間愛人でいた女だ。
少しばかり懐かしいと思いながらかけるといつも通りの落ち着いた声で、あいつらしくどうしたの?と問いかけてきた。
大体の女はいつまで待たせるのよ、とキレるというのにビアンキはすごくそういうのを必要としない女だった。
だから、今になっても愛人でい続けるのだろうが…言っておくが、愛人は今の所ビアンキだけになっている。

「で、その計画だとお前の力も必要なんだぞ」
『しょうがないわね…でも、それはツナがとてもかわいそうじゃなくて?』
「なりふり構ってられるか、こっちは時間がねぇんだ。強引だろうとなんだろうと言質さえ取れりゃぶっちゃけなんだっていいんだぞ」
『ふふっ、リボーンが聞いてあきれるセリフね。いいわ、準備しましょう。打ち合わせは当日一時間前で構わないかしら?』
「ああ、それでいい。俺もそこまで時間空けられねぇからな。そこらへんは全部まかせっきりになっちまう」
『まかせておいてちょうだい、そういう計画なら合わない方がいいのだし』

ビアンキの臨機応変なところに助けられつつ、当日の計画を話し後はすべて任せることとなった。
粗方の連絡を終えて俺はようやく今日を終えることができる、とシャワーに向かったのだった。
浴室にはいる為に服を脱ぎ、鏡に映った自分の姿に思わず苦笑が浮かんだ。

「何必死な顔してんだ、俺は」

ツナのことで一人紛争しているとは思ったが、こんなになりふり構ってられない顔をしていたのかと自分の頬に触れて変にゆがんだ口や頬を直した。
せめてツナの前ではまともな顔をするようにしなければ…。
あいつに計画の片鱗を窺わせるわけにはいかない。
まぁ、あいつの仕事も詰まってるころだからこっちまで気が回らないのは分かりきった事だったが…。
頭からシャワーを浴び、気を引き締めてその日はもう寝ようと上がるなりベッドに直行した。
寝ることも大事だ、何より思考を働きやすくしてくれる。
これからは一つの油断も許されない。

「ツナ、覚悟してろ」

驚かしてやる。にやりと笑って、襲ってくる睡魔に俺はゆっくりと瞼を閉じて思考を沈めた。




手紙を受け取った初日、態度が悪かったせいかリボーンは俺を避けるように接触してこなくなった。
それには準備で忙しいのもあるのかもしれない、と始終電話してるか段取りを決めている場面にしか出くわさなかったことから予想をたてた。
俺はというと何をやるかまったくわからない状態で毎日を過ごしていた。
それでも日々やることは次から次へと湯水のように溢れてくるので毎日暇だという暇さえなかった…。

「ツナ、応接室にこい」
「…なんだよ」

いきなり執務室のドアが開いたかと思ったらリボーンが顔を出した。
不覚にも少し嬉しいと思ったのは一瞬で来客が来たときに使用される応接室に呼び出されて今日は誰も会う約束はしてなかったはずだと首を傾げる。
こい、と顎で示され俺は仕方なく立ち上がった。
リボーンへの客人なら俺を呼ぶ意味が分からない。
今まで避けられていたのが嘘のようにいつも通りで、俺は拍子抜けした。
(なんだ、怒ってたんじゃないのか)
少し安堵して、リボーンについて応接室に入れば女性が一人。

「この方でよろしいので?」
「ああ、こいつの服だ」
「は?」

二人で勝手に話がついているらしく俺をみるなり、その女性は俺に向き合うといきなり手から何かを取り出した。
俺はとっさに身構えるが、動かないでーと声をかけられて何をされるのかと固まっているとぐるりと腰に何かが巻かれすぐに引っ込み、腕やら足の長さをひもで測っているのを見て、これはサイズを測られているのだとようやく気付いた。

「何を…」
「タキシードを仕立ててほしいと」
「タキシード?」
「パーティー用だぞ。燕尾服でもよかったが、そこまでかっちりした式にするつもりはねぇからな」

上から下に身体の隅々までサイズを測られながらリボーンが説明している。
ということは、俺のパーティーの準備の一環だという事だ。
嬉しかった気持ちが一気に急降下した。
はぁ、とせっかく最近止まっていたはずのため息が出て、気分が沈む。
どうしてリボーンは分かってくれないのだろう。
俺にはそんな人なんて必要ないのに。

「はい、おわりました。これを…」
「三日後までに仕立ててくれ」
「かしこまりました。それと、さすがに仮面まで三日後にご用意とはいかないので、ここの中から選んでいただければと持参しましたが、どうでしょう」
「仮面…?」
「ああ、仮面舞踏会で相手を決めるんだ。顔が見えない方が階級とか気にしなくていいだろ?」
「そんなもの気にする前に、俺は結婚もしなければそんなものいらないっ!!」

リボーンの言葉にいい加減にしてくれと叫ぶが、逃げようとした腕を掴まれた。

「逃げるな、子供の遊びじゃねぇんだぞ」
「っ…」
「受け入れろ、今はただ黙って従え」

嫌なのに、リボーンは残酷だ。
黙って従えたらどんなによかっただろう。
俺がリボーンを好きにならなければよかったのだうか…。俺が、ちゃんと女の子を好きなら…。
けれど、俺にはやっぱり答えは出せなくてリボーンに言われるまま足を止めた。
みせられた仮面は見慣れないせいか違和感しかなくて、選べと言われても無難なものを選びたくなる。
派手な蝶のようなものもあるし、鳥のようにくちばしがついているものもある。
仮面の縁をファーで覆ってるものもあるし、多彩だが、そのどれも俺はあまりつけたくなかった。

「これから選ぶの?」
「これが普通だぞ」
「うーん…」

どれも気が乗らない。
でも、選べと言われてしまえば一番デザインが落ち着いてそうなものを一つ選んだ。
目立ちたくないというのは日本人の性なのだ、きっとそうだ。

「これでいい」
「では、これに合うように仕立てあげますね」
「…はぁ。リボーン、もう行ってもいい?」
「ああ、用はこれでおわりだ」

腕を掴んでいた手を離されてようやく解放された、と出口に向かって歩き出す。
リボーンも仮面を選んでいる様子だったが、護衛につくだとかそういうことになれば欲しくなるのかと考えて、部屋を出た。
着々と進められる準備に本当に開かされてしまうのだという実感がわいてきて恐ろしくなる。
どんなに嫌だといってももう止められないのだ。
いや、止めるタイミングなど最初からなかった。俺の知らない間に俺を主役にして勝手にすべてを決められていく。
地獄のようだった…。






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