弱いのは確かに知っていた
沢田綱吉は強い人間じゃなかった。
未熟で、子供っぽくて、それはそうだだってまだあの時は中学生だったのだから。
でも、いつか立派な大人になってくれるのだろうという期待も半分持っていたのだ。
あいつはボスになり、いろいろ任される立場になって泣き言も増えて、けれど確かに日々成長していっていた。
いまでは、すっかり仕事も板について指示も出せるようになった。
理想のボスというのには程遠くて、でも着実に近づいている気にはなっていた。
「今日も異常はねぇな」
まだ仲間が少ないのもあり、俺が屋敷を見て回るのも珍しくなかった。
俺は欠伸をしてそういえばまだあいつは書類整理が終わらないとか何とか言って残っているのだったと思い出し執務室へと顔をのぞかせる。
「ったく…しょうがないやつだな」
明るい部屋なのに、ツナは机に突っ伏していて手にはしっかりと判子が朱肉に溺れている。
寝落ちた態勢に、俺はため息を一つついて書類を手に取り機嫌を確認した。
急ぎのものはとりあえず終わっていることを確認ののち、俺は判子を取り上げてツナの身体を起こした。
「ん…」
「……」
小さく声を漏らしたのを聞きながら起きるか?と心配したがそんなことはなく、椅子にもたれて眠っているツナの椅子をこちらに向けて抱き上げる。
隣の部屋には仮眠室が設けてあるが、自分の部屋の方がゆっくり休めるだろう。
それに、こんなに頑張ることなんてないのだ。
無理やり起こしてやるのも忍びなく、俺は執務室の電気を消してツナを連れ出した。
ツナの自室まであまり遠くもない道のり、けれどずっしりと細身なのに筋肉がついてきたのを実感する。
日々の鍛練を怠らずにさせている成果が出ているなと笑みを浮かべて、その成果が発揮されるのはとても残酷なことの上に立つことを思うと素直に喜べないのだが…。
人を殺めることを今でも嫌がるツナは、どうしようもないと俺はたしなめているが、こいつはそれでいいとも思っている。
人の命の上に立つボス、命を無碍にするような奴にはなってほしくない。
そう思うと、とても冷酷なことを強いていると思うのだ。人の心は忘れるな、けれど立派にマフィアとして君臨しろ…と。
俺からの要望をツナは自分自身の中で受け止め、それを実行してきた。
泣き言は多いのに、弱音は最近聞かなくなった。
ツナは俺に何も求めなくなってきたのだろうか、恋人としての俺を必要としなくなってしまったのだろうか。
甘えてほしいと、今更のように望むのは…間違いなのだろうか。
突き放してきたわけではない、それなりに関係を持って、接して、けれど誰から見ても理想となるように無理をさせたこともあっただろう。
ずっと傍に居続けることもできていない、俺が誰よりもお前のためにとしてやることが一番いいというのに。
「リボーン…」
小さく俺の名前を呼んで、胸元に顔を埋める。
俺はお前の中でちゃんと恋人なのだろうか、それともまだ家庭教師でうるさいヒットマンなんだろうか。
時々俺自身ですら、どちらにいればいいのかわからない。
お前を立派なボスにするのは当たり前で、だけど、弱った時にはそっと寄り添ってやれる恋人でもいたいのだ。
「矛盾…」
はっきりしない。
こんなに自分の中で答えが出ないのも珍しい。
いつもは何かと結論付けてこれたのに。
ツナの部屋につくとドアを開けて、電気をつけた。
あまりこの部屋を使わないせいで、汚れることはないが埃がたまっている。
メイドにでも掃除させるか、なんて思いながら寝室に入るとベッドにツナを横たえた。
「はぁ…ん…」
小さな身じろぎしたぐらいで、しっかりよく眠っている。
これでは仕事する気でいたのかも怪しいところだ。
まぁ、今日ぐらいは大目に見てやるかとそのまま部屋を出ようとしたらスーツの裾を引かれた。
振り返ると、ばっちりと起きているツナがそこにはいた。
「お前、寝てたんじゃねぇのか?」
「…ん、寝てたけど…リボーンの匂いがしたから」
犬か何かかと笑って、仕方なく俺はツナの元に戻った。
「で、俺を引き留めた理由は?」
「その…一緒に寝ようよ」
「明日もあるだろ」
「寝るだけでいいから」
多くはねだらないと付け加えて言われてしまえば、拒否の仕様がなく…むしろ、俺は俺でしばらくツナに触れていないせいで、隣に寝るのは何かと不安だった。
まぁ、突き放すことはできない。
俺はツナの隣に寄り添うとツナが見つめてくる。
「寝る気あんのか?」
「あるって…でも、少しだけ」
ちょっとでいいから、とツナの腕が俺の身体に回ってきて胸に顔を埋めている。
そうして、動かず深呼吸をした後もごもごとつぶやいた。
「なんだ?」
「俺はリボーンの理想になれてる?」
顔を上げて、俺をまっすぐに見つめて言われた言葉に動揺した。
ついさっきまで俺が思っていたこと見透かしたような言葉に、超直感は怖いなと苦笑を浮かべた。
「そこまで必死にならなくてもいい」
「でも、俺はずっと…そう思ってきたから」
「ツナ…」
「まだ怖いことだってあるし、やりたくないことはたくさん…でも、リボーンができるっていつも言ってくれるから」
まだ、頑張れると感覚を確かめるように言うツナはどこか弱く見えて。
当たり前だ、ツナは決して強くなんかなかった。
ただ、一身に俺のためを思って強くあろうとしているだけだった。
俺はツナの背中に手を回しで抱きしめそっと撫でた。
「お前は、俺の理想だ…大丈夫だ、少しずつでいい」
「そっか…うん」
できるだけ優しく、そういってやれば、ツナはへらりと笑って俺に抱き着く腕を強くした。
「よかったぁ…」
安心したように呟いて、そのまままた眠ったのだろう規則正しい寝息とともに、腕から力が抜けていく。
毎日のように気を張っているのはわかっているが、どうやってガス抜きをさせてやるのが一番いいだろうかといつも考えている。
ツナのことだ、みんなで集まった時が一番うれしそうな顔をしているからたまには守護者の時間を合わせて食事させてやるのもいいかもしれない。
自分の守りたいものを明白に、そこにいるという証明。
お前はこのままでいい、弱いまま、強がってみせる…それでいい。
ムリに強くなって、周りが見えなくなるぐらいなら多くは望まない。
「ゆっくり眠れ…ツナ」
愛してる、と囁いて離れられなくなった状態に苦笑して、そのまま俺も目を閉じた。
END