ばか、の一言に尽きる
外は土砂降りの雨で、ツナはちゃんと仕事をしたのかと心配する。
今日は俺と時間が合わなくて獄寺との仕事になったが、まだ帰ってこない。
まぁ、大したことではないというのもわかっているので、遅くなっても心配はないはずだ。
それにしても、外は風も雨もすごいことになっている。
「あいつ、大丈夫か?」
帰ってきたとしてもびしょ濡れ確定だな、と風呂をためておくことした。
身体を冷やして風邪をひかれでもしたら厄介極まりない。
湯をためつつ、暇な時間をソファで本を読むことでつぶした。
そして三十分ほどが経過した頃、屋敷の前につけられた車を見るなり俺は大きく伸びをして、玄関へと足を向けた。
骸と恭弥は昨日あるファミリーを殲滅させるために送り込み、今は寝ている。
出迎えは俺一人になったが問題はない。
ドアを開けた先、ツナが立っていた、スーツは汚れびしょ濡れというより泥まみれだ。
これは何かあったのかと俺は一瞬にして緊張が走るが、あくまでもいつものようにふるまった。
「ツナ、おかえりだぞ」
「…ただいま、リボーン」
顔を上げたツナは、水滴を滴らせて泣いているようにも思えた。
これは嫌な予感が当たってしまったのかと俺はツナに近づく。
「どうした、なんで泥まみれなんだ?」
「十代目、大丈夫ですか!?」
「あはは、うん…転んじゃった」
へらりと笑って後ろから来た獄寺に心配されたツナは一言、そう漏らした。
俺は問答無用でツナの頭をはたき、獄寺にも同罪だと殴ってやった。
「いったぁっ、なにすんだよっ」
「紛らわしいことしてんじゃねぇぞダメツナ!!」
「知らないよ、なんだよ紛らわしいことって」
「まぁまぁ落ち着いてください、俺が…俺が十代目を支えられなかったのが悪かったんス」
「そうだお前のせいだ獄寺」
「だから、なんで怒ってるんだよ、リボーン」
意味が分からないとわめくツナにまたダメツナがと吐き捨てて、獄寺にもってきていたタオルを投げ渡した。
「お前もちゃんと温まっとけよ」
「はいっス」
ぴしっと頭を下げた獄寺を振り返ることなく、ツナの腕を引いた。
どこもかしこも濡れていて、歩くたび水があふれ出している。
誰か後で廊下を拭いてくれるだろうかと考えながら、部屋まで来るとツナを無理やり風呂に押し込んだ。
「おい、もうっ…なんなんだよ」
「早く入れ、でないと俺も入るぞ」
まだ何か言い足りないのかツナが奥から声を響かせる。
俺は一言脅し文句を呟いて離れようとしたが、小さな声が聞こえて、足を止めた。
「一緒に、入ってよ」
「……チッ」
なんでこういうときばかりそういう甘えた声を出すのか。
俺は特別甘やかす趣味も甘えさせることもない。
それなのに、こいつにはいつもいつも…好き勝手甘えられて甘やかしている。
どうしようもないな、と感じてしまっている時点でいろいろ俺の中で終わっているのだ。
俺は風呂場のドアを開けるとまだスーツを着たままのツナに、早く脱げと命令しながら自分もさっさと脱いでしまう。
「先に入るぞ」
「ん、待って」
びしょびしょのスーツをぐしゃぐしゃと落として、ツナは浴室に入ってきたが、足が血みどろだ。
「怪我してるじゃねぇか」
「なんか、久しぶりに転んだから受け身も取れなくて…」
「でたら消毒だな」
「ん」
温まったら血が出るが、大丈夫なのかとツナに聞けばもう痛くないから平気と返ってきて、痛くない以前に黴菌が入るだろうと思うのに、この状況ではなにもできない。
仕方なく俺はシャワーを出して、ツナの身体を温めるように流してやる。
怪我をしたところも流せば痛い痛いといいながらそれを受けていて、どっちなんだとあきれた。
「リボーン、で、さっきなんで怒ったんだよ?」
「なんでもない」
「教えてくれないと、俺はわからないよ」
わからなくていい、そういいたいのにツナは俺の顔を覗き込んできて引く気はないようだ。
「泣いてるかと思ったんだ」
「…え、っと…ああ…うん、まぁそういうときもあったよね」
「思えばそんな繊細な時期はとっくに過ぎたと考え直した」
「うん…あの時が懐かしいや」
ツナはしみじみとつぶやいて、自分の手をじっと見つめた。
お前はその手が真っ赤に染まっていると今でも思っているのだろうか。
人を殺すようになって、ツナはたびたびそんなことを言って泣き出すときがあった。
そのたび俺は慰めて、その手は仲間を守るためにあるんだろうと何度も説き伏せた。
今となっては懐かしい思いで、でもそのことを忘れたわけじゃないのは、ツナを見ていればわかる。
割り切った当顔をしておきながら、こいつは誰よりもなによりもそういうのを気にしている。
笑っていながら、泣いていることもあった。
繊細なんだ…どうしようもないくらいに、こいつには本当に向いていない。
けれど、今こうしてこの未来を選んでいる理由は結局のところ俺がそれを望んだからだった。
ツナには似合わない、けれどこいつならどうにかしてくれるんじゃないか。この負のループから何かを見つけてくれるんじゃないかと…そう思ったから。
「でも、心配してくれてありがとう」
「ホント、ダメツナだからな」
「返す言葉もありません」
いくつになっても、なんて言いなれた言葉をいいながら俺はツナの身体を洗ってやる。
もちろん、傷の部分は避けて。
せっかく溜めた湯船には浸からない方がいいと判断し、洗い終わるなりツナを浴室から出す。
「もう、乱暴なんだってっ」
「いいから早くしろ、消毒してばんそうこう貼ってやる」
「はぁい」
適当にバスローブを出して袖を通すと救急箱を探す。
俺だって時々怪我をするときのために部屋に常備してあるのだ。
寝室に移動し、ツナに足を出させる。
「痛いのやだよ?」
「転んだお前が悪い」
「ひどいっ」
そう毒液を出せばひぃひぃと半泣きしながら身悶え、もう少し堪能したくてまた消毒液を追加しようとしたら腕を掴まれた。
ばれていたらしい。
「ったく、ばんそうこう貼るから手離せ」
「面白がるなよっ、俺はっ、真剣に痛いの!!」
「わかった、早くしろ」
減らず口はいつまでも変わらないなと笑って、ぺたりとばんそうこうを貼ってやればようやく落ち着いたようにベッドに寝そべった。
そういえば、報告書を書かせるのをすっかり忘れていた。
「おい、ちゃんとやることやってから寝ろ」
「えー、もうだめ…むり…眠い」
「おい、夏休みの宿題じゃねぇんだ」
「だってぇ、無理だもん…リボーンが甘やかすから眠い…」
図星を言われて、殴りたくなる。
が、結局殴れないのは俺がこいつに甘いからだ。
しかたないな、とあきらめて俺はツナの隣に寝転んだ。
「え、リボーンも寝ちゃうの?」
「俺はもう終わってるからな、お前は明日溜めた仕事で泣いとけ」
「うぅ…手伝って」
「それはしない」
ツナの甘え声に今度こそ耳を貸すものかと寝たふりを決め込む。
そのうち、ゆっくりと意識が落ちてきて、このまま寝れそうだとツナの声を遠くに聞きながら眠りに落ちて行った。
お前はいつも同じ顔で笑うから。
成長しているのに、時々気づけない。
ちゃんと、成長しているのにな…俺はまだあの時のことを少し後悔するんだ。
END