結局本能
廊下を歩きながら渇いた唇を舐めた。
乾いた風を受けてすっかりとかさついた唇を潤したいと思う。
けれど、それはリップクリームを塗るという単純なものではなくて相手の唾液で…という意味だ。
もちろん、俺の肌はそんなに弱くなく必要以上に潤す必要はなく、けれど長期的な欲求不満からその欲は湧き出てくるばかりである。
「リボーン…」
ふっと止めた足の先、久しぶりに見る顔があった。
キャバッローネの近くにある小さなファミリーたちの抗争に巻き込まれてこっちにまで飛び火したというディーノさんの言葉を受けてリボーンを派遣したのが間違いだった。
リボーンはそっちで戦力として活躍し、ディーノさんの仕事ぶりを見て思うことがあったのか抗争が終わってからしばらくこっちにいると帰ってこなかったのだ。
「よぉ、元気かボス?」
「…元気も何も、見ればわかるだろ」
ふんっと鼻を鳴らして歩き出すのとリボーンは後ろについてきた。
リボーンが長期滞在した理由、言わなくても察してくれる人はいるだろう…。
俺たちは、喧嘩をしていた。
それも一週間を過ぎたあたりから、苛立ちが欲望に代わってしまったのだが。
俺はそうでも、リボーンはどうなのだろう。
そう思うとどうにも帰ってこいと言いづらく、触れたいとも当然言えず、リボーンがこうして顔を見せに来たのは一ヶ月経った後だ。
そう、喧嘩してから一ヶ月もたっているのだが、変に距離が開いたせいで俺はリボーンにどう接していいかわからなくなっていた。
「……」
「……」
無言で廊下を歩く。
執務室までの距離だというのに、やけに長く感じてしまうのは俺の気のせいなのか。
喧嘩も、今となっては些細なものだった。
今後の戦略で揉めたのでも、仕事ぶりにリボーンが怒ったのでも、ましてや仲間内でのことでのいざこざでもない。
セックスのタイミングが悪かった、それだけだ。
俺がキスしたいと思った時に、リボーンは風呂に入るといい、リボーンがセックスしたいと思った時に、俺は仕事が残っていた。
すれ違ってしまっただけなのに、お互い素直になれずフラストレーションのままに怒って、衝突して、そこにちょうどいい具合にやってきたディーノさんからの応援要請に、俺はリボーンを命じていた。
顔も見たくないと、瞬間的に思っただけでリボーンもそれに乗っかる形でそうなってしまって、いざいなくなってしまった後に襲ってきたのはぽっかりと空いた胸の虚無感だけ。
ここまで来るのに、何度となく喧嘩した、そのたびに仲直りをしてもう喧嘩するのはやめようとまで思う。
けれど、それを繰り返してしまうのは、アルコールをやめられない人間と一緒ではないか。
そんなことを考えながら執務室のドアを開けると、隼人がリボーンを見て挨拶をしている。
そんな簡単に会話できるなら俺だってしたいところだ。
「十代目、頼まれていた資料です」
「ありがとう」
「俺は報告書だしにきただけだからな、部屋に戻る」
「うん、わかった」
リボーンは特に何を言うこともなく俺の机に報告書を置くとそのまま執務室を出て行ってしまった。
俺は引き留めたいと思ったけど、何の理由も見つけられずに背中を見送るしかできなかった。
まだ仕事がたまっている。
俺は名残惜しいけれど視線を机に戻してペンを手に取った。
「十代目、いいんすか?」
「…なにが?」
「喧嘩してるんでしょう?」
ふらっとそんな感じに振られた会話。
言い当てられて、俺は顔を上げると笑顔の隼人。
右腕と自ら自負するだけあって俺のことは全部お見通しらしい。
どんな理由かはわからないとは思うけれど、些細なことだと知られてしまったら笑われてしまうかもしれない。
「すぐに仲直りしないと、苦しいと思います」
「なんで」
「経験談ってやつです。それに、十代目もわかってるんスよね。だから、これ以上悪化しないように必要以上に喋りたくないんですよね」
「ホント、いつの間にそんなにわかるようになったの」
「俺を舐めないでくださいよ。あなたのここは、誰にも譲りたくない一心でいるんスから」
「今となっては、リボーンにも譲りたくないよ」
俺の右腕になりたがるのは隼人以外いないと笑って、ぐっと腕を伸ばした。
歩いて身体を動かしてきたはずなのに、この体勢が染みついているからか、定期的に伸びをする癖がでてしまった。
けれど、追いかけるまでにはいかず見逃してくれと隼人から視線を外した。
「もう、どうしたらいいか…わかんなくなってるんだ」
「仕事の指示ならてきぱきとこなしていくようになられたのに、リボーンさんに関してだけはいつまでも奥手ですね」
「最初から俺は積極的じゃなかったよ」
初恋だって、告白したのはリボーンに言われて半ば無理やりだったじゃないか、と笑う。
しかも、二回告白して二回とも振られているのだから。
こんな魅力のない男をよく好きになったよなぁ、と拗ねた気持のまま思考が道草する。
「綱吉さんが、ちゃんと本心を言えば応えてくれる人です」
「恥ずかしいこと言うなよ。まだ昼間だよ」
「恋人同士に、昼間だろうが夜だろうが関係ないと思いますけど?」
あえてそこで十代目といわなかったのは、きっと隼人なりの配慮なのだろう。
さっき、リボーンのボスという言葉が思い出されて少しばかり苦い思いをする。
俺が本心を見せないから、リボーンもそうやって壁を作るのだ。
俺がした分の仕返しを、しているのだ。
恋人ではなく、ボスとして自分の立場を利用しリボーンを遠ざけようとした結果。
「…大人げない」
「綱吉さんこそ、同じことが言えますね」
「うるさいよ、俺はリボーンより年下なの。年齢的には年上でもっ」
複雑なんだと机に突っ伏して言えば、はい、と優しい声が返事をする。
隼人はどこまでも優しい。
優しくて、強くて、俺の守護者にしておくにはもったいないぐらい。
学生の頃の乱暴さや思い込みの激しさを今でも見たりするが、俺の近くにいるときにはことさら優しく接してくれる。
それは、俺がこうして弱さを見せることができるようになったからだとも思う。
リボーンの前とはいかないけれど、ボスとしての悩みは基本リボーンの前だけれど、小人に対してのうっ憤やらどうしようもないことの悩みは隼人に漏らしてしまっている気がする。
隼人が俺と同じ立場だと知ったあたりからだった気がする。
それに、隼人はなんだかんだ言って話しやすいんだ。前、勉強を教えてもらったこともあったが、その時もわかりやすいと感じることができたし。
そんなことを考えている間に、隼人はさっさと机に広がっていた書類をかたず家てしまっていた。
「はい、今日の仕事は終わりです。リボーンさんも部屋でお休みだといっていましたし、仲直りなら今ですよ」
「簡単に言うなってば」
「男なんて、キスしてセックスしたらすぐです」
「…その言葉、信じるからな」
隼人の言葉に、俺はすっと顔を上げた。
底で反応されるのは意外だったのだろう、は、はい、とどもつきながら返事をしたのを聞いて俺はようやく椅子から腰を浮かせることができた。
欲求不満な自覚はあったし、そんなことを言われてしまえばリボーンも同じ気持ちだと思いたいじゃないか。
執務室を出るとリボーンの部屋にのろのろと向かう。
ひりつくぐらいになった唇を指先でなぞる。
「キスは、誰かがいないとできないんだから」
どんなに恋しいと思っても、目の前に居なければ仲直りのしようもない。
ゆっくりと歩きながら俺は、決心した。
ドアの前まで来るとノックをしようと手を挙げたとたん中から、入れ、と声がかかる。
驚くが、俺はそっとドアノブを回した。
「…リボーン?」
「遠征してきたのに、ねぎらいの言葉もないのかボス?」
「お疲れ様。でも、勝手に長期いってたのはリボーンの独断じゃないか」
「あいつが手抜いて仕事してんのが悪いんだ、しっかりみっちり指導してきてやっただけだ」
「ふぅん」
思ってもない言葉が口をついて出る。
どうして、正直な言葉どころかぴりぴりとした雰囲気になってしまうんだろう。
仲直りしたいのに、なんでできないんだろう。
前はどうしてたっけ?
キスしようにも、こんな風じゃいつまでたっても無理じゃないか。
迷って視線をさまよわせていれば、リボーンが近づいてきたのに気付くのが遅れた。
手首を掴まれて、俺はリボーンを見る。
「な、に…」
「お前、いい加減思ってることと逆のこと言うのやめろ。でないと、いつまでもこのままだぞ」
「っ…だ、って」
リボーンにぴしゃりといわれて、強がっていた心が揺らぐ。
俺をこんな風にしたのは誰だ。
リボーンじゃないか。
ここまで俺を甘やかしたのも、リボーンじゃないか。
自然と身体が逃げを打って足が下がるのに、リボーンは離れた分近づいてくる。
威圧されて、反射的に怖いと感じた。
「なんて、いっていいか…わかんない」
「思ったまま言えばいいだろうが」
「リボーンだってっ、同罪なのにっ」
上から目線のリボーンをにらんで、浮かびそうになった涙をおしこめた。
この喧嘩は、結局のところどちらが悪いのでもない、それなのに俺ばかりを責めるのはお門違いじゃないのだろうか。
「な、なか…なおり、したい」
絞り出した言葉は、最後小さくなってしまったけれどリボーンの雰囲気が和らいだ。
「怒って悪かったな」
「……うん」
リボーンからそっと言われた言葉、それに近づいてくる唇に俺はすとんと何かが落ちた気がした。
ふっと触れる唇は求めたままのぬくもりで、自分から顔を寄せて離れていく唇を舐めたら再び重なって、深くなった。
食むように唇が挟まれて舌で撫で、掴んでいない方の手が、俺の頬を撫でてきた。
「…する?」
「ああ、くれ」
そっと問いかけると素直な言葉が聞こえて、腰を引き寄せられ抱きしめられていた。
俺も背中に手を伸ばして、ぎゅっと隙間なく抱きしめ返して、すりっと頬を胸のあたりに摺り寄せれば呼吸を奪うぐらいの激しいキスが俺を襲ってくる。
けれど、もうそれはうれしいことでしかなくて唇が離れた瞬間を見計らって息継ぎしながら繰り返していた。
そのうちどちらからともなく離れると、寝室に入り俺はベッドに横になった。
俺のそこは反応してズボンの中で苦しいぐらいに主張していたけれどリボーンも同じだとわかれば何もはずかしいことはなかった。
「は、リボーン…すごい、ほしい…」
「何がだ?」
「りぼーんの、が…あ、じらすなよ…ほしいから」
今ならきっとリボーンが求める言葉そのまま言ってしまうぐらい、俺の身体はリボーンを欲していて、ほしい、ほしいと何度も口にした。
すると、リボーンは膝立ちに立ち上がると俺の口にリボーンの自身があてがわれた。
躊躇うことなくそれを口に含むといつものように唾液をまとわりつかせてなめあげた。
先端を舌先でいじれば、先走りがあふれて音を立ててすする。
AVのようで最初こそためらっていたが、これがけっこう好きなようだと気付いてしまえば自分からしてやった。
感じるたびに、ぴくぴくと反応を返してきて、視線を上にあげると感じた顔で俺の頭を撫でるリボーンが見えた。
いつも余裕の表情なのに、こういうときばかりは崩れる。
「ね、だしていいよ」
「今日はサービスするじゃねぇか」
「特別」
今日は、汚されてもいいと思った。
身体はずっとうずきっぱなしだし、すぐにでもほしいのに、口の中のものを顔に出されたいと思ってしまった。
それは、全部リボーンの欲望だとわかるから。
「目閉じてろ、口開けて舌出せ」
くしゃりと頭を撫でられて甘く指示をされる。
言われるままに、目を閉じて舌を出せば顔の前で扱く音が聞こえて小さな息を呑む音と主に、顔に降りかかる熱。
瞬間、ぶるりと震えて目を開けるとそっと顔についた精液をぬぐわれた。
手を引き寄せて出したものを舐める。
もちろん、リボーンに見せつけるようにするのも忘れない。
「…りぼーん」
甘く名前を呼んで誘えば、ベッドに寝かされた。
下着に手をかけられて、ずらされれば小さく目を見張ったのがわかって視線を逃がす。
「お前」
「だ、だから…はやくって」
俺のそれはリボーンがイッた時に一度出していて、もどかしそうに足を閉じ合わせると、容赦なく割り開かれた。
じっと見られて、外気にそこが冷たくなっていくからぎゅっとシーツを握りしめる。
「俺にぶっかけられてイったのか?」
「っ…」
「なぁ、言えよ」
「…いった」
「後ろまで濡れてるな」
「ひっ…あ、あぁ」
つっとなぞられて甘い声がでた。
早く入れてほしいと思った瞬間、そこに入ってきた指を反射的に締め付けていた。
きゅんきゅんと勝手に締め付けてしまって、恥ずかしいと思うのに勝手に膝を立てて腰まで揺らしてしまう。
「もうできあがってんのか」
「だ、だって…もう、がまんできない」
もっと刺激がほしいと自ら手を伸ばして自身を握ると扱き始めてしまう。
リボーンが見ているとわかっていても、先端から根元を撫で上げリボーンより細い指先を敏感な部分にあてがってこすっていれば先端を先走りがあふれてすぐにそれはリボーンの振れている後ろに伝った。
「りぼーん、りぼーん…うしろ、もっとして…んんっ」
言ったとたん指がふやされて、前立腺をこりこりと擦られる。
一気にやってきた刺激にびくびくと身体を震わせて二度目の絶頂を迎えた。
「はっ…はぁ、はぁ…っふ、それだけ?…じらすの、やめろよ」
「ここまで乱れるのは初めてだからな」
もう少し楽しみたかった、と言いながらもう硬くなっている自身を俺のものにこすり付けてきた。
同じように感じていると示されているようで一緒に握ろうとしたらそっと逃げられる。
「ほしいんじゃなかったのか?」
「ちょうだい…ちょ、だい…」
熱いの欲しい、中に入れて、こくこくと頷きながら、自分で思いつく限りの誘い文句を口にした。
さっきまでの意地なんかどこかに行ってしまって、たまっていた欲求のままに求める。
すると、リボーンは無言で指を抜くとそこにあてがった。
濡れた目で見つめればそっと身体を倒してきて、唇が重なると同時に中に入り込んできた熱にあふれた声は全部キスに吸い込まれた。
「っ…んん、ふぁ…ふぅ、ん…んんっ」
ずっと待ち焦がれていたせいか、苦しさも感じず、腰が送り込まれるたびに口からあふれる喘ぎは全部リボーンに塞がれていた。
もっと、と求めるように背中に腕を回し、足を腰に巻きつけた。
ぎゅっと力を籠めれば、中に入ってきてそれがたまらなくいい。
「ひぁう、ぁあっ…りぼーん、ぁっ…ひぃ、いい…」
「ああ、俺もたまんねぇぞ」
重なり合う身体、こすり付けられる性器に俺は泣くように喘いで耳に吹き込まれるリボーンの声に中が締め付けた。
緩やかな交わりなのに体中がリボーンを感じて、限界はすぐに来た。
「も、イく…なか、に」
「まだ、だぞ」
「やっ!?…ちょ、なんでっ」
「俺はまだ楽しみたいからだ」
もう終わる気で言ったのに、リボーンは俺の根元を握るとそのまま激しく腰を突き上げてきた。
さっきまでのゆっくりしたものが嘘のように熱いものが抜き差しされて、放っておかれていた胸の突起までしっかりとつまみあげてくる。
いきなり全部を刺激されたせいで、ただでさえ限界だったのにメーターが振り切れた。
身体が震えて、ぎゅっと背中に回していた手に力がこもる。
背中をひっかいたがそれも気にできず、振り回されるように何度も絶頂を極められて最後は泣きを入れて許してと何度もお願いさせられた。
「ひぁ、ああっああっ…もうだめ、しないで…もう、つかないでっ…あぁあぁあああっ!!だしたい、ゆるして…ゆうし、てっ」
「つな、お前がたまってたぶん…俺もたまってんだぞ、今日は満足するまでするから覚悟しろ」
リボーンの地獄の宣告ともいえる言葉を無理やり聞かされて、ぶんぶんと首をふるのに中は締め付けた。
身体は喜んでるみたいだなぁ、といやらしく笑うそれが今はもう悪魔のほほえみにしか見えない。
俺の選択はあっていたのか間違っていたのか、いや仲直りできているからあっていたのだろうが…こんなのは想像していなかった。
気持ちいいのに、だんだんと腰の感覚がなくなっていくのを感じながら最後は意識を飛ばす形で俺は戦線離脱をしたのだった。
「さいあく…」
口に出して、喉も枯れていることに気づかされた。
隣で満足そうに眠る男を力の入らない足で蹴りながら真っ暗になった部屋に本気でため息を吐いた。
確か仲直りを始めたのは昼間のはずだった。
外は、もう陽が落ち真っ暗の状態。
何時間ヤっていたのかと考えようとして、そんなのは無駄だと気付いた。
目は腫れている感覚があるし、腰は言わずとも立たないし、あらぬところが筋肉痛で、明日は歩くこともままならないらしい。
くそ、と毒づきながらこれは俺のせいじゃないとふて寝を決め込むことに決めた。
隣の男は、俺の不機嫌を知らず眠ったまま。
喧嘩をしないことは、きっと俺たちの間で無理に等しいのだと思う。
けれど、今度からは喧嘩しても時間を空けるのはやめようと心に決めた。
そう、それがたとえどんなにイラついて仕方ない喧嘩だったとしても…。
END