よみのくに




「    」
「  」
「     」


どんなに耳を澄ましても拾うことのできない会話に混ざることなんてできないしできそうにもない。それ以前にオレは人との会話を得意としない。

なんて残念なヤツなんだと自身のコミュニケーション能力の低さを思い出せば薄く開けてしまった口もこのとおり、きっちり真一文字だ。

ネガティブになりかけながらも気を持ち直して目の前の椅子に座っている人物を見つめる。
落ち着きのある色合いの赤い長椅子に背を預けているのは人間ではなく人のかたちをした黒い影だ。それのもとに小さな影がひとつ、ぱたぱたと元気よく駆け寄っていった。何を言っているかまったくわからないが何やら楽しげな雰囲気だ。

その姿に反応してかオレの顔を隠す蛍光グリーンのフードに縫われた柄がぐるりと目をまわした。
柄が動くなんておかしな話かもしれないが、オレの着用する服は変わりモノばかりだから動くどころか発光することもあるのだ。

中身の少ないマグカップの縁に口をつけながら大きさの違うふたつの影をぼんやりと眺める。
ここには何度となく訪れているが目の前の黒い影の姿をはっきりと見た試しがない。どんな顔でどんな服を着てどんな表情を浮かべているのか全くわからない。それどころか声までわからないときた。

部屋に置かれた家具、床や壁に照明の明るさ、ぼやけることなくはっきりと存在しているのに対し、目の前にいる人間と思わしき影は黒い影でしかなかった。
ただなんとなくこの小さいほうの影は女の子で、椅子に座っている影は男性なんだろうなと推測はしている。


「    」


椅子にもたれかかっていた彼は女の子の頭をぽんぽんと撫でてやると首を傾けこちらに話しかけるような動作をしてきたので、すかさずマグカップを突き出し飲み物の催促をした。我ながらこれはひどいと言いたくなる行動だと思う。
それでも変に会話をしようとするよりも具体的でわかりやすい表現をしたほうがいい。体験談というヤツだ。

早々に中身の満たされたカップを渡され小さくお辞儀をすれば、彼はまた女の子の頭を撫ではじめた。
するとまたもやフードに縫われたカメレオンの目のような模様がぐりんと円を描いた。
普段はそこそこ大人しいのに、ここに来ると本当によく動く。いつかぼろんと剥がれ落ちるんじゃないかと地味に気にしてしまう。

カップを両手で包み込むようにもち、小さく息を吐く。視界の端にちらりと見えた蓄音機から流れでている曲はしんみりとしたものだった。



*


ルイナスルームと呼ばれるそれと出逢ったのは夏の暑さがやわらぎ吹いてくる風に肌寒さ感じはじめた頃で、どの季節になっても変わりのない都会の喧騒に少しばかり嫌気がさしはじめていたときだった。
大音量で流れる音楽、それを聞くのも提供するのもどちらも好きだったオレは夜の街に自分の欲求を叶えてくれる場所があることを知ってからというもの、飽きもせずに足に任せて様々な店に顔を出しては見て回っていた。
誰かがつくった音に惹かれ心踊らせ頬を紅潮させるときもあれば、ときに自分の音で人々を盛り上がらせては楽しませ今日はこれで充分もう満足だと感じるくらいに熱くなりきれば、そっとその場所から抜け出し、高まった熱が冷めないうちに帰路を急ぐ日々を繰り返していた。

あるとき、この生活を少しばかり変える出来事が起きた。
人づき合いをあまり得意としないこともあり誰かしらに声をかけられる前に店を抜け出そうとしたとき、色の濃いサングラスをかけた茶髪の男が「よおっ」と片手を軽くあげながら近寄って来たのだ。


「お前さあ、気づいてっかもしれねぇけど騒がしいとこにいすぎなんだよな。たまにはさ、静かなとこにもいったほうがいいぜ?」


そのうち頭が痛くなってきちまって、どうしよーもなくなってくるぜ。そうだなあ、町外れにある廃墟のこと知ってるか? オレ、お前にならオススメしちゃうね。まあアイツに出会えるかまでは知らねえけどな。ぶっちゃけ会ったら会ったでヤバいんだけどね。みたところそうだな、お前ならダイジョーブだろ。なーんかヘンなのにも好かれてるみたいだし。


「ああそうだ、ソイツの名前、ルイナスルームっていうんだ」


ヘンな名前だけどさ、そういう名前なんだよ。おっとそろそろ時間だ。まあうん、頑張れや少年。

男は一方的にぺらぺらと話すだけ話すと馴れ馴れしくオレの肩を叩いて「じゃーな」とこれまた気安げな別れの挨拶をしてオレより先に店から出て行った。
あの男は一体なんだったのだろう。全く知らない奴なのは確かだ。それに男が離れるまでフードの柄がせわしなくぐるぐると動いていて気持ちが悪かった。頭がむずむずする。


「変なヤツ…」


そのクセに初対面の相手に言われた廃墟の二文字が耳から離れない。
なかなか離れてくれない理由は多分、この前顔をだしたクラブで廃墟の話で盛り上がっていた猫と兎の女の子がいたからだろう。


「町外れの、ねぇ」


あのとき、お化けがでるなんてありがちな話を耳にした。本当にでるのか気になっていたといえば気になっていたところだ。これはこれでいい機会かもしれない。
それにあの男の言っていたアイツ、ルイナスルームというのがそのお化けだとしたら見てみたい気持ちもある。

そんな好奇心に背中をせっつかれた結果、オレの目の前には夕日に照らされた例の廃墟が静かに佇んでいた。そして蛍光色の柄がくるりと−−



*



くるりと動いた気配に、俯くように下がっていた頭をあげる。

持っていたはずのマグカップはなく、親子の姿もどこにもなかった。見るも無惨に朽ち果て蔦や葉にまみれた部屋の中心に、色褪せあちこちから綿が飛びでてボロボロの長椅子がぽつりと寂しく置かれているだけだった。

きっと蓄音機から流れていた曲が終わったからだろう。ルイナスルームと出会うといつもそうだ。

「それにしても今回も飲めなかったな」


初めて廃墟を訪れルイナスルームと思わしき彼と遭遇してから今日この日まで、彼は毎回中身の少ないマグカップを渡してくるのだ。
そしてなぜだかいつも自分はカップの縁に口をつけるだけで飲もうとはせず、ただぼんやりと親子を眺めてしまう。

そしてなんだかんだでその場しのぎとばかりに飲んでもいないそれを催促をする行動をとってしまう。
中身の満たされたカップを渡されたとしても飲む気は起きず、結局こうやってもとの廃墟に戻されてしまうのだ。

ところで、


「カップの中身は何だったのだろう」


おかしなことに何故かそれだけ思い出せなかった。






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