差し出された手が救いになるとは限らない


(!)注意

・お手をどうぞのその後。
・歪んだナザリックにたっちさんがインしてしまったうえに最悪の状況が重なりまくった結果のルート。
・アインズ様のSAN値がゼロ。発狂状態こそが正常なもの、と体が判断してしまっているために精神抑制が効いてません。
・ギルメンの捜索を開始して×××年後くらいの世界。
・暗いどころか後味悪い…というか胸糞な話。



−−−−−−−




それは深い眠りから覚めようとするような感覚だった。

いつの間にか閉じていた瞼をゆっくりと開けてみれば、瞳に映るそこはかつてプレイしていたユグドラシルと呼ばれるDMMO−RPG内で幾度となく訪れていた場所――ナザリック地下大墳墓十階層に作られた王座の手前にある大広間であった。
足元に敷かれた朱色の絨毯、見上げた天井には四色のクリスタル、中途半端な数で作られた彫像、悪魔と女神の彫刻が施された巨大な扉。どれも見覚えのあるものだが、何かが違っていた。あまりにも現実味を帯びすぎていた。

しんと静まり返った大広間に一人ぽつんと立ち尽くしていた男――ユグドラシル内でのアバター名はたっち・みーであった――は視界に映り込んだ自身の両手を見て吃驚した。
装備や武器はギルドマスターに預けて引退したはずだが、体を覆うそれはゲーム内で愛用していた純銀の輝きを持つ鎧であった。
いや、それ以前におかしいことがある。ユグドラシルというゲームはすでにサービスを終了しているゲームだ。なのになぜ、私は此処にいるのか?

籠手を着けた両手を見つめ、その手を握ったり開いたりはたまた人差し指で軽くたたき、それから肩甲、胸甲板を一定のリズムでコツコツとたたいていく。鎧越しに伝わるほんの僅かな振動に、ユグドラシルとの感覚の違いを感じた。
ユグドラシルというゲームには現実世界と仮想現実を混同しないようにと五感に制限がかけられている。五つのうち、味覚と嗅覚は制限どころか削除されている。触覚に関してはある程度制限がかかっていたが、今はその制限がされているようには思えなかった。

「一体何が起きているんだ…?」

静寂の中での呟きは、いやに大きく聞えた。

「悩んでいるだけではどうにもならないな。この扉の先は…王座の間だったか。確か常駐していたNPCがいたな」

不可思議な現象に見舞われてしまったとはいえ、何か行動をしなければどうにもならない。
仮想現実が本当の現実になってしまったのではないかという不安を抱えつつ、たっち・みーは目の先にある巨大な扉へと足を進めたが、五メートル近くもある扉を前にして顎に手を添えることとなった。

――このどう見ても重たそうな扉を開けることが私にできるのか?
ゲーム内と同じであれば扉に手を触れただけで開いたが、今もそうとは限らない。

「…悩むだけ無駄か」

開かなかったら別の場所へ行けばいいだけのこと。それでもできることなら開いてほしい。
そう思いながら扉に触れると、重厚な扉はその願いを汲んだのかきしんだ音を立てながら玉座への道を示した。

扉を抜け、玉座の間に足を踏み入れたたっち・みーはその厳かな雰囲気はもちろんのこと天井からつり下げられた七色の輝きをもつシャンデリアや金の細工が煌めく壁、磨き抜かれた大理石の床に感嘆の息を吐きかけ――鎧の奥に隠された目を見開いた。

「旗が、ない…?」

厳密には存在してはいるがどれもこれも無残なまでに切り裂かれていたり燃やされた形跡が見受けられ、朽ちているものばかりであった。

「襲撃でも受けたのか…。いや、それにしては被害が旗だけというのはおかしい…それに」

どれが誰のサインがされたものなのかわからないほどに損傷している旗を数え、眉をひそめた。
たっち・みーはサインがわからずとも誰の旗がどこに設置されていたかは覚えていた。だからこそギルドマスターであるモモンガの旗だけが存在しないことに気づいた。

モモンガさんの身に何か起きたというのか?」

その時、なにかが聞えた。それはあまりにも小さい音、布のようなものが擦れる音だ。
聴力が良くなっていることに関心しながら物音のしたほうに顔を向ける。音は最奥にある玉座からだ。
たっち・みーは迷うことなく玉座へと歩みを進めた。煌びやかな室内と無残な旗にばかり視線を向けていたため気づかなかったが低い階段の先にある透き通るような美しさと光彩を放つ大きな玉座には何かが――見覚えのある骸骨がいた。

「モモンガさん、ですか…?」
「…たっちさん? 」

眼窩に薄ぼんやりとした赤い光を灯し、ぼんやりとした様子で玉座の背もたれに寄りかかるようにして腰掛けていたのはアインズ・ウール・ゴウンを取りまとめていたギルド長であるモモンガであった。しかしその声はボイスチャット時とは異なる聞き覚えのない低声。
たっち・みーは頭の中でモモンガから発せられた声を反覆し、それがモモンガのアバターに設定されたボイスデータのものだということを思い出したところでその次に自分自身の声もアバターに設定していたボイスデータと同じものに変わっていたことに気がついた。

――お久しぶりです、モモンガさん。
味気ないと思われてしまう挨拶であるが、伝えなければいけない言葉だ。
だというのに、うまく声がでなかった。異様な状況下のなかでの再会ということもあってか、たっち・みーはモモンガにどう声をかけていいものかと思案してしまったのだ。
何も言わない聖騎士の姿に、モモンガは不思議そうに首を傾げたあと、ああ…と声を漏らした

「…すまない、パンドラズ・アクターか」

パンドラズ・アクターはモモンガが作ったNPCの名前だ。なぜその名前が出てきたのか解らず、たっち・みーは銀色のヘルムの下で眉をひそめた。

「今日はたっちさんのすがたをとっているのか。まえよりも、芝居がうまくなったな」

上質そうな漆黒のローブのみを纏った死の支配者が虚ろな声で笑う。
赤く灯る光が宙をさまよってはこちらに視線を向けるの繰り返しをしている気がして、たっち・みーは困惑を隠せなかった。

「まるで、たっちさんそのものだ。おまえはあいかわらず研究熱心だな。昨日は誰のすがただったかな…ペロロンチーノさんだったか? いや、ブルー・プラネットさんだった気もするな」

機嫌良く吐かれる言葉をたっち・みーは理解できなかった。
どこを見ているのかわからない視線にも強い不安を抱く。誰かが――いや、NPCであるパンドラズ・アクターが私の姿に化けたことがあるのか?それにあの口ぶりからして一回ではなく数回行われていることがわかる。

「モモンガさん、私は正真正銘のたっち・みーです」
「…」
「ここはナザリック地下大墳墓内のようですが私の知っているものと少々異なるのです。あまりにも現実的だ。これはどういった――」
「…ははは、たっちさんにそっくりだ!」

急に笑い出したモモンガに思わず口を閉じた。

「そう、たっちさんは困惑すると、腰に右手をあてながら話すクセがあるんだ! それにほんのすこしだけ早口になって――すごいぞパンドラズ・アクター! ふ、ふふ、おまえはすばらしいなあ」
「違いますよモモンガさん!私はパンドラズ・アクターではありません!」
「ああ、本当に、たっちさんみたいだ」
「モモンガさん!私は――」
「黙れ」
「モモンガさん…?」
「黙れ、黙れ黙れ黙れえええええたっちさんの姿でそんなことをいうなあああああああ!!!クソがッ、クソッ、たっちさんを語るな!俺をまどわすな!そうやって俺を!!お前はたっちさんなんかじゃない!!たっちさんたちはどこにいる!!俺は、おれは、さがして、みんなを、また会えるって、また――あれ、たっちさんじゃないですか。お久しぶりです」

不気味だ。そうとしか言えなかった。
怒りを露わにしたかと思えばしおらしい態度へと移り、まるで一週間ぶりにユグドラシルにインしたときのような挨拶。正気とは言い難いモモンガにたっち・みーは息を飲んだ。

「まただくのか」
「…は?」
「だからその姿をしてるんだろ?そうだろう、違うのか?いつもはそうじゃないか?なあ?」
「モ、モモンガさん…?何を言って」
「パンドラ、パンドラズ・アクター…。違う、お前じゃないんだ!!もうたくさんだやめてくれ!ああ、いやだ…たっち、たっちさん、はやく、今度こそ、パンドラ、俺を助けてくれるんでしょ。ねぇ?」
「貴方の身に一体何が、」

だく。それは抱くという意味で合っているのだろうか。
モモンガはまた、と言っていた。またとは、どういうことなんだ。何度もされているのか?

たっち・みーの背筋に冷たいものが走った。
モモンガは肉片も皮もない骨の手で顔を覆い、身体を震わせながらか細い声で何かを呟く。憎悪と悲嘆が混ざり合ったつたないそれらの節々には助けを求める言葉が混じっていた。
助けを求めているものが、助けなければいけないものが目前にいるというのに、たっち・みーは救済の為の手を差し伸べることができないでいた。動くことすらできずにいた。

「ああ全く嫌なものね、こんな時に――こうなった後に戻られるだなんて想像してなかったわ。本当に憎たらしい。私たちを、いいえ、モモンガ様を捨て置いたくせに今更この神聖なナザリックに戻ってくるだなんて…反吐がでる」
「君は…アルベドか?」
「ええそうよ」

背後から聞えた女の声にたっち・みーは素早く振り返えった先には聖女のような微笑みをたたえながら口汚い言葉を吐き出す女性――ギルドメンバーであったタブラ・スマラグディナが作ったNPCが立っていた。
アルベドはたっち・みーの横を通り過ぎ、モモンガのいる玉座へと進む。モモンガのもとにたどり着いた彼女は身を屈め、彼の口、首、胸、手首に口づけを落としていた。
神聖な儀式をしているような光景にもみえるその行為にたっち・みーは言葉にできない気味の悪さを感じたが、この場から逃げるという発想は微塵も浮かんでこなかった。

「アルべドよ、これは一体どういうことだ。モモンガさんの身に何がおきたのか教えてほしい」
「モモンガ様を捨てた身で何を言うかと思ったらくだらないことを…。ああモモンガ様、どうやらあれはたっち・みー様の偽物のようです。たっち・みー様に泥を塗る存在にございます。そのような輩を生かしておくわけにはなりません。ですから――殺してもいいですよね、モモンガ様?」

耳元で囁いてくる悪魔に対し、死の支配者は力なく頷き、笑った。







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