茶釜さんがモモンガさんとお写真撮るはなし



「わあああモモンガさんモモンガさん!今日は8月9日、ハグの日ですよ!ユグドラシルに数回しか訪れない軽いキスも見てみぬふりをしてもらえるお触りの許される日ですよ!さあハグしましょう!カモン、モモンガさんッ」
「え、ぶくぶく茶釜さんテンションおかしくないですか?大丈夫ですか?」
「スクリーンショットの準備はできてます。大丈夫ですよ」
「あ、いえ。そういった意味じゃなくてですね」

ナザリック地下大墳墓地下九層のリビングスペースでのんびりとアイテム整理をしていたモモンガに興奮した様子で詰め寄ってきたのは淫靡な色合いのスライム――ギルドメンバーであるぶくぶく茶釜だった。
ずいずいと迫ってくるぶくぶく茶釜に対してモモンガは自然と後ずさってしまったが、目の前の粘体は気にすることなくさらに距離を詰めてきた。

「あー…。茶釜さん、今日はいつになく元気ですね」
「そりゃそうですよ、なんたって今日はいつも以上にスクショが捗る素晴らしい日なんですからテンションも上がりますってー。ということでハグしませんか。モモンガさんとのスクショを増やしたいんです」
「え、ええー…」

モモンガは他者との接触に馴れていないこともあり渋った声をあげた。
ちょっと肩を叩かれただけでもおどおどしてしまうし、手に触れられただけでも挙動不審になってしまう。いい歳した大人が情けない…と思っていても慣れないものは慣れないのだ。
それに、ボディタッチというのは下手をするとアカウントの停止に繋がる恐れがある。
とくに異形種はどこが手だか顔だか、胸か尻かもわからない見た目の種族が存在するためにうかつに触ることはできない。人の形を取っていればまだしも、目の前にいるのはスライムはそのどこがなにだかわからない存在だ。

「俺、アカウント停止したくないです…」
「え!?ちょっと気にしすぎですよモモンガさん。運営さん、異形種には多少やさしいからうっかりアウトゾーンに触れてもうっかり接触故にほとんどセーフ判定ですから大丈夫ですよ!?」

ぶくぶく茶釜はぶしゃりと勢い良く手のようなものを生やし、レッツハグと意気込みながらてらてらと光る両手を大きく広げてモモンガが飛び込んで来るのを待つ構えをとった。

外見のせいかもしれないが女性とは思えないほどの得体のしれない力強さを感じ、モモンガは思い見る。
彼女の弟であるペロロンチーノが側にいない今、彼女の意思を曲げるのはなかなかに難しい。正直なところ、ペペロンチーノがいたとしても彼女の様子からして打ち負かされる未来しかみえない。

モモンガは仕方がないなとばかりにぶくぶく茶釜のもとに歩みよる。その瞬間、待ってましたとばかりにぶくぶく茶釜はモモンガを抱き寄せた。

「ぐえっ」
「あ、ごめんなさい。痛かったですか?」
「いえ、痛みはないですが苦しいです…。あとは…その、感触が」
「あー…違和感あるかもですね」

ぐにぐにとした感触にモモンガはうっと唸った。
体のほとんどが密着しているせいで居心地が悪く、おまけに妙に生暖かい。
不快感から小さく身じろごうとするががっちりとホールドされているためまともに身動きがとれず、どうにか不満を訴えようと視線だけを上に向けた。
それに気付いたのかピンク色の塊がぷるりと震え――なぜだか機嫌良さげにふんふんと鼻歌を歌い始めた。

「あの、ぶくぶく茶釜さん」
「モモンガさん、ちょっとこう肘を曲げて…両手を私に向かって添えてくれませんか?お願いします!」
「え、あ、はあ…」

モモンガは困惑気味に了承するともぞもぞと動きはじめた。
ギルドメンバーからのお願いを断われないモモンガは流されやすい性格なこともあってか言われた通りにぶにぶにとした桃色にそっと肉片ひとつない骨の両手を添えた。
これでいいのかと首を傾げながら困り顔のアイコンを表示すると、自分を抱きしめるスライムから奇妙な声が聞こえた気がしたが…きっと気のせいだろう。

「あと、ええとですねー…寄り添うように、いや違うかなあ。ちょっと顔を上に上げて、首をほんの少し傾けて下さると嬉しいです」
「こんなかんじですか?」
「ありがとうございますごちそうさまでした」
「ど、どういたしまして…?」

彼女は何かを食べたのだろうか?
不思議に思いつつもぶつぶつと呪文か何かを呟いているぶくぶく茶釜から撮影アイコンが表示されたため、モモンガは彼女がスクリーンショットを撮り終わるのを静かに待つことにした。
しばらくして撮影アイコンが消え、スライムが満足げな息を吐いた。どうやら撮り終わったようだ。

「あの、そのー…、他にも撮りたいポーズがいくつかあるんですがお時間大丈夫ですか?」
「特に問題ないですよ。それにしても茶釜さんってスクショ撮るの好きなんですね。先ほどは楽しそうに何か呟かれてましたし」
「うわ嘘聞かれてたクソ恥ずかしい」
「いや、何を言ってたかまでは聞きとれなかったので…」
「ははは…。えっとじゃあポーズお願いしてもいいですか?」
「どうぞー」

以前ペロロンチーノが「姉ちゃんがマーレとアウラのスクショ撮りまくってマジやばい」と言っていたこともあったしぶくぶく茶釜は写真を撮るのが好きなのだろうな、と思いながらモモンガは指定されたポーズをこなしていく。
次第にハグとは関係ないポーズを求められていくようになったが、ぶくぶく茶釜の楽しげな様子を見て疑問を投げかけようとした口を噤んだ。

「次はその姿勢から後ろに寄りかかって下さい!」
「こうですかね?」
「あーやば。スライム種の特権最高だわー」
「なんだかこれ、かなり申し訳ない格好なんですが…」
「お気になさらず」

今のモモンガの体勢はぶくぶく茶釜に背中を向けて――ギルドメンバーを椅子にしていた。
両腕をぐでんと力なく投げ出し、喉をさらけ出すようにして柔らかなスライム製の生暖かい背もたれに深く背を預けていた。まるで大きなクッションに沈んでいるかのような見た目だ。

曰わく、これは「乗り物」になる能力らしい。重量制限があるため巨大なゴーレムや大型のドラゴン種を乗せることはできないが、制限のかからない種族のほうが圧倒的に多い。

瀕死になった仲間を自身に乗せ、素早くその場から離脱することを目的とした思いやりのある能力だが誰かを乗せている間は武技や魔法は一切使えなくなるため攻撃に特化している場合はゴミに近いといってもいい能力だ。
しかしぶくぶく茶釜は粘液盾とも言われるほどに防御に特化したスライムだ。そのため、使い勝手のいい能力だと彼女は楽し気にモモンガに語った。

「へぇ、そんな能力があるんですね。…えっ、じゃあ茶釜さん今どんな風に感じて」
「膝枕してる感覚ですね」
「えっ」
「膝枕です。椅子だけど膝枕です」
「えっ」

両手で抱えてる感覚のときもあれば今のように膝に重さを感じたり、はたまた脇にかかえたりと場面によって異なる感覚に陥るのだとぶくぶく茶釜は楽しげに笑って言ってのけた。

見た目はえぐい感じのスライムとはいえ、中身は女性だ。女性の膝枕…。
恥ずかしさのあまりにモモンガは両手で顔を隠した。照れ顔のアイコンがピコピコとモモンガの頭上で点滅する。
このゲームに表情の変化というのはないがそれでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

「うわ、うわあ。恥ずかしい」
「くそかわ」
「んえっ、茶釜さん今何か言いましたか?」
「いえ何も…あ、顔隠したのも撮りたいのでそのまま撮っちゃいますねー。…よし、手をどけちゃってください」
「え…ああ、りょ、了解です」

もはやハグからかけ離れた体勢であるのは気にするだけ無駄であると判断したモモンガはぶく茶釜が熱心に写真撮影をしている間、むにむにとした感触を背中に感じながら今までと同じように写真を撮り終わるまで静かにしていようと思っていたが、自身の体――胸への違和感に視線を下げて、すっとんきょんな声をあげた。

「茶釜さん!なんか垂れてますよ!」
「あー本当だ。スライムだから液だれしちゃうんですよね。今まで垂れなかったのが不思議なくらいです」
「液だれですか」
「ヘロヘロさんとかいい例ですね」
「ああ言われてみれば。なるほどなあ」

びちゃびちゃと胸と頬に粘体が垂れてくる。ぬめった感触にモモンガは眉を潜めるがぶくぶく茶釜のためにできる限り身動きをしないように勤めた。そんな時、転移魔法の光と共に一人の男がやってきた。

「うーんモモンガさんここにも居なかったらどう…し、よ……うえああああ何やってんだよ姉ちゃん!?」
「モモンガさんと写真撮影中だから邪魔するなよ我が弟よ」
「いやいや姉ちゃんそれヤバいって!今日がハグの日だからやっちゃったかんじ!?去年はやらなかった癖に!?実の姉が怖い!行動力が怖い!」
「黙れ弟その羽もぐぞ」

椅子状態を解いたぶくぶく茶釜がモモンガを抱き寄せた。
それを見たペロロンチーノは絶叫し、背中の翼を羽が抜けるのではないかという勢いでばたつかせながら何かを訴えていたが、あまりに早口なものだからモモンガには全く聞き取ることができなかった。

(仲がいいなあ)

目の前で繰り広げられる異形種の姉弟のよくわからない口喧嘩に対し、モモンガはまだまだ続きそうだなあと呑気な感想を心の中で漏らした。
粘体にまとわりつかれたままその場の光景をのんびりと眺めていたモモンガだが、その後続々とリビングにやってきたギルドメンバーからいまいちピンとこない注意を受けたりこれまたよくわからない感謝をされたりするのであった。






《その後おまけ》


「ところで姉ちゃんこの前いいスクショが撮れたって言ってたけど何撮ったの」
「ヒントはハグの日とだけ言わせてもらおうか」
「おおう…」
「私のギルマスフォルダが火を噴くぜ!別名、一部の方々に大好評の死の支配者写真集!!」
ペロロンチーノのもとにデータ添付メールの知らせが届いた。送り主は目の前で機嫌よく笑っている姉からだ。
メールを開封して現れた画像にはてらてらとした光沢をもつ言葉にするのもあれな肉塊に力無く寄りかかる死の支配者の姿があった。
表情変化がないというのにいかがわしく見えるのはどういうことなのかとペロロンチーノは問いたい気持ちで頭の中がいっぱいになった。

ほかの画像も実にアレなものだった。事に及んでいる最中かな?と言いたくなるものから俺の知ってる死の支配者と違う、骨がこんなに可愛いわけがないとシャウトしたくなるものまで様々な画像が添付されていた。
添付された画像を一通り見終わったペロロンチーノはふっと息を吐くと姉に向き直ってただ一言。

「俺の知ってるモモンガさんはこんなにエロくないいいいい!!」
「お前の心が薄汚れてるからそうみえるだけじゃないの?」
「うわああああああ!!」

クリティカルヒット、さらに防御無視の貫通ダメージを負わされたかのような壮絶な悲鳴をあげてペロロンチーノが膝から崩れ落ちた。
ちなみにこの画像は一部のギルドメンバーの手に渡っているのだが…その件についてぶくぶく茶釜は黙っておいた。

いわゆる、姉の優しさ、というものであった。








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