お手をどうぞ


(!)注意

・ほの暗い。
・アインズが情緒不安定。というより病んでる。
・パンアイというよりパン→アイ。見様によってバッドかもしれないしメリバかもしれない。
・ギルメンの捜索を開始して数十年後くらいの世界。
・そこはかとなくぶっ壊れてるアインズと決断してしまったパンドラの話。


−−−−−−−


「おや…?」


ふと、パンドラズ・アクターは自身の守護する領域内に何者かが足を踏み入れた気配を察知し、何層にも重ねられた作成途中の報告書から手を離した。

それが誰の気配であるかパンドラズ・アクターは分かり切っていた。一秒でも早く移動するために転移魔法を使用し、執務室から姿を消す。向かう先は無論、この地に訪れた自身の創造主であるアインズ・ウール・ゴウンのもとだ。


「−−ああ、これはこれは我が創造主であられるアインズ様! わざわざこの地に姿を現して頂けるとは感激の極み! 本日はどのような件でこちらに参られたのでしょうか?」


ぴしりとした非の打ち所のない敬礼をすれば、アインズはよせとばかりに首を横に振る。

それに対しパンドラズ・アクターは渋ることも困惑する様子もなく素直に敬礼を解いた。


「特に理由はない−−そう答えたらお前はどう思う。理由なく訪ねてくるんだ、良い気分ではないだろう?」

「まさかそんな! 私の創造主たるアインズ様のお姿を拝見できるだけで私の心は多大な幸福感に満たされるのです。使いを寄越すわけでもなくアインズ様が直接会いにこえられる…実にに甘美なことではありませんか!」

「そうか」
「それに−−そうですね…。そういった気分の時もおありでしょう」


パンドラズ・アクターは笑み−−といっても顔の造り上相手に表情が伝わることはそうそうにない−−を浮かべながら両腕を広げ、大げさといっていいほどのリアクションをとった後、背筋を伸ばし、すらりと長い人差し指をぴんと立てながら普段からは想像できないようなゆったりとした口調で言ってみると首をかしげて見せた。

そんな軍服の異形に、アインズは小さく笑い声を漏らした。肩の力が抜けた、そんな笑い方だ。


「さあさアインズ様、ここは落ち着かないことでしょう。奥にあります私の管理責任者室へどうぞ」


恭しく礼をするパンドラズ・アクターに対し、アインズは頷いた。

密かにその動作を盗み見ていたパンドラズ・アクターは自身の心が高揚していくのを感じていた。だが、その変化を悟られないように純粋な笑みの裏側へと押し込む。

−−実のところここまでのやり取りはもう何度目、両手両足なんてとうの昔に足りなくなったくらいに、わからない程に繰り返されている。

それでもパンドラズ・アクターは笑みを絶やさない。何故なら彼は笑みを浮かべられるくらいに心が満たされいるからだ。





パンドラズ・アクターとアインズは、隣り合わせで他愛のない話をしながら宝物殿内にある管理室行きの通路を歩いていた。

通路は天井に取り付けられた<永続光>の照明のおかげであたたかな光に満ちており、展示ケース内に飾られた外装や武器がアインズを輝かしいあの頃に引きずり込もうとする。そのどれもこれもが仲間たちと睡眠時間を削ってまで苦労して手に入れたものばかり並んでいて、アインズはここを通るたびにめまいのようなものを感じていた。


「どうかなさいましたか?」

「いや、なんでもないさ」


不思議そうに窺ってくるパンドラズ・アクターに対し、アインズは何事もなかったかのように振る舞うと歩みを早めた。


ナザリック地下大墳墓がユグドラシルとは異なる世界に転移してから早数年、二人の異形は隣り合って会話をするまでに打ち解けていた。

きっかけがなんだったのかもいまいちわからず、気がつけばいつの間にか親しい仲になっていた。他の守護者達さえも知らないほどの、である。アインズは自身の黒歴史からくる羞恥からパンドラズ・アクターを避けていたというのに今やこの仲だ。過去のアインズがみたら恐ろしい光景と話である。


管理室に到着するやいなや、パンドラズ・アクターは飾り気のない椅子とテーブルのある一角へとアインズを誘った。

至高なる者に相応しいとはお世辞にもいえないそれらはもとからこの部屋にあったものではなく、アインズがパンドラズ・アクターに用意させたものだ。


「さて、アインズ様。今回−−今日はどうなされたのですか?」


まるで子供に砂糖菓子をやるような、そして旧友を労わるかのような優しげな声音で投げかけられた問いに、いままで穏やかだったアインズの人間としての心が跳ね上がった。

口に出すのを躊躇って暫くのあいだ無言でいたが、じくじくと熱−−熱という言葉だけでは生ぬるいどろりとしたもの−−を持ち始めた感情がおさまらず、アインズは無意識のうちに肉も皮もない骨の手を握りしめた。


「……だ」

「ん?」

「いないんだ」

「何がで−−」

「ギルドのメンバーが、みんなが! こんなに時間をかけて探しているのに、どうして誰ひとりと見つからないんだ! 誰か、誰かいてもいいだろうッ!!」


ダンッと強くテーブルに打ちつけられた拳は微かに震えていた。
苛立ち、言いようのない不安、そして悲嘆。人間種であればその表情はぐずぐずに崩れていたのではないか思わせるほどに悲痛に歪んでいたに違いない。

「なんでだよ、なんで…。糞、糞がッ。忌々しい能力だ」


アインズは次々と溢れでる言葉を吐き出しては感情が高ぶるたびに強制的に抑制される自身の能力に悪態をついていた。
一定のラインを超えた場合にのみに発動するそれは小さな感情の波に対しては何の反応も示さない。くすぶり続け、形容しがたい苦しみのみを与えてはアインズのくたびれた精神に細かな傷を付けて、言葉にならない痛みを蓄積させていくばかりだ。


「なあ、パンドラズ・アクターよ。捜索はどうなっている? 見つかりそうか? なあ…?」


眼窩に灯る赤い輝きは息でも吹きかけたら消えてしまうのではないかと思ってしまうくらいに弱々しい。このところのアインズはアンデッドとは思えないほどに情緒不安定といっていい状態だ。
しかしそれを表に出すことはしない。アインズはひたすらに隠し通していた。確かにその秘密が明るみにでかけたことはあったが、そういった場面に直面するたびにアインズは上手く誤魔化してきた。

知られてはいけない、ナザリックを統治するものがそのような状態であっては示しがつかない−−ただそれだけの理由のためだけにアインズはモモンガを、鈴木悟を潰して成り立ってきた。


「…正直に申し上げますと捜索は困難を極めております。しかしながら先日また新たに大陸の発見に成功しましたので、現在はその大陸の調査及び至高の方々の捜索を進めております」


パンドラズ・アクターの回答にアインズはそうか、と何度か呟くと力無く俯いてしまった。


(ああ、これは非常に良くない状態だ。限界なのかもしれない。いえ、すでに限界であったというのが正しいのか…)



−−もしかしたらこの世界に自分以外のギルドメンバーが来ているのではないのか?

この世界で生きているうちに芽生えてしまった小さな希望をアインズは捨てきれず、叶うことを求め続けていた。叶えようと躍起になっていた。

以前からアインズはアインズ・ウール・ゴウンというギルドに所属していた者達に対し、並々ならぬ執着心を持っていた。活気に溢れていた当時は誰も気付かなかったが、今になって異常だとわかる類のものだ。閉じていた扉から顔を覗かせたその想いは純粋に狂気じみている。そう断言できる自信がパンドラズ・アクターにはある。

昔も今もアインズはパンドラズ・アクターに仲間たちと過ごした日々を語ることが好きだ。そして、語る相手はパンドラズ・アクターだけではない。霊廟に存在する像−−アヴァターラにもアインズは話しかけるのだ。
かつての仲間たちを模して作った不格好な物言わぬ意思のないゴーレムたちに向かって歌うかのように穏やかな声で話す主人の姿をみたとき、パンドラズ・アクターは言葉が出なかった。


真正面でうなだれる創造主の姿に様々な想いが湧いては霧散し−−パンドラズ・アクターは決心した。
今からしようとしている禁忌にも近いのではないのかと言えるほどに恐ろしいことだ。これから行うことは道徳を問われてもおかしくない、善意に満ちているとは言い難いものだ。
この行為が主人にどういった効果を与えるものかを自覚しながらも、パンドラズ・アクターは自身の体を粘体のようにどろりと崩した。


「あれ、モモンガさん元気ないみたいですけどなにかあったんですか?」


忘れることのない、しかしながら懐かしささえ感じる声にアインズはとっさに伏せていた頭をあげた。


そこには鳥のような姿をした翼王がいた。


そこには淫靡な色をしたスライムがいた。


そこには水死体と蛸を合わせた大錬金術師がいた。


そこには悪という言葉に最もこだわった悪魔がいた。


そこには


そこには、



−−純銀の聖騎士がいた。



アインズは目を見開くかのように眼窩にうっすらと灯る輝きを揺らめかせ、ただただ唖然とした様子で目の前の存在を見つめるしかできなかった。


「ああ、モモンガ様」「ああ、モモンガさん」
「そんな顔をなさらないで下さい」「そんな顔をしないで下さい」
「今の貴方様には少しばかり休息の時間が必要なのです」「今のモモンガさんには休息の時間が必要なんです」
「さあ、我が創造主で在らせられるモモンガ様」「ね、我らが死の支配者であるモモンガさん」



「どうか 私の手を とって 下さい」



差し出されたその手は偽りのものである。
それでも、アインズは−−モモンガはその手を叩き、拒むことができなかった。
なぜなら彼の目に映る形貌は、心から渇望していた存在なのだから。







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