絶やすことなく
(スレンダーと気づかない子)


ふと、水欲しさに目が覚めてしまった。
寝たりないきもちのが勝っていたので顔を枕におしつけて再び夢の世界に落ちようと目を閉じる。

ちょっとがまんすれば大丈夫−−なんて考えは大間違いだった。
一度気になりだした乾きは水をくれと、欲しいおもちゃを買ってもらえなくて大の字でじたばたと暴れてだだおこねる子供のように主張してくるものだから、わたしはのろのろと起きだし枕もとにおいておいた目覚ま時計を手探りで探し当て引き寄せた。

こちこちと一定のリズムで小さな音をたてながら長針を進める時計、その短針がまだ太陽の昇らない時間を指していた。
この間にもわたしののどは水をよこせよこせと訴えかけてくるので仕方なくといった表情で布団から抜け出し素直に水を飲みにいくことを決めた。


「うう、つめたい」


ぺたりぺたりと一歩一歩進むたびにひんやりとした床板がそのつめたさを直に伝えてきて、体がぶるりと震える。
部屋の明かりをつけるのが面倒だったので薄暗くはっきりとしない視界のままキッチンを目指したせいか、何度も壁に肩をぶつけたりテーブルに腰をぶつけ小さな悲鳴をあげることになったが、なんとか目的地にたどり着くことができた。

ここからのわたしの行動ははやく、早速といった様子で食器棚の一角にあるコップ置き場からプラスチック製のコップをひとつ抜き取り蛇口をひねった。


「あー、うるおう…」


並々と水を注いだコップに唇につければ、じんわりと広がる冷たさに目が覚めていく。
目を細めてその冷たさを味わっていた最中に、とん、と肩に触れたのは−−白くすらりとしたとがりのある手。
それを視界に入れた瞬間、背筋に冷たいものが走った。心臓がばくばくと大きな音をたてわたしの呼吸を瞬く間に不規則にしていく。

この手は、彼のものだ!

長い付き合いがあるからこその判断だ。振り向くなんてもってのほか、もちろん見続けるのもいけない。
わたしは慌ててコップを片手持ちから両手持ちへとかえた。中身が水とはいえ、うっかり落としてぶちまけたくないからだ。

眩暈がちいさな吐き気にすり変わる前にきゅっと強めに目を閉じると腰に腕と思われるものを通された。かと思えば、そのまま後ろに引き寄せられた。正直恐怖以外の何者でもない。

わたしの髪の毛を一束ほど掬ってはいじり、時には耳たぶに触れられる感覚がなんともくすぐったい。
ほかにも頭を撫でたり鼻をつついたりしてくるが全く穏やかな気持ちになれないのは彼の特性のせいだろう。逃げだそうとしたところで彼の腕力には勝てなし勝てる気もしないので大人しくしているのが賢い選択であると学んでいる私は、ただただじっと静かに動かずにいた。


(はやくおわらないかなあ)


両手に持ったコップがなまぬるい温度になって少々気持ちが悪い。
はやく布団に戻って惰眠をむさぼりたいなと考えるなか、彼が私のまぶたに触れたのでもう少し時間がかかりそうだなあと心のなかで苦笑した。

まぶたは彼が最後に触れる場所だ。そして彼が私に会いにくる度に触れる時間が長くなっていく個所でもあった。
別につついたり無理にこじあけてきたりなんて危険なことはせず、彼自身の大きくひんやりとした手で、私のまぶたを隠すようにそっと優しく覆ってくるのだ。
ただそれだけ、それだけなのに少しばかりゾッとするような得体のしれないかんじてしまう。声をだして悲鳴をあげたりするようなものじゃなくてもっとちがう−−

撤回、やっぱり気のせいかもしれない。

彼は夜な夜な現れてはそこそこにボディタッチをし、何かしらの贈り物を持ってくるだけであって噂に聞くような危ない行動をしてこない。

たしかに頭痛や目眩、吐き気、おまけに動悸息切れなどを引き起こしてくるのは他の都市伝説の彼らと同じではあるけれど、昼夜問わずまとわりついて取り憑き殺しにくるようなことは絶対にしてこない。
そう考えるとやっぱりあれは気のせいなのかもしれない。好きにこねくり回されたせいで疲れたのかも。

わたしがひとりで頭を悩ませているうちに、ようやくスキンシップに満足したらしく彼はわたしを拘束する腕を解いてくれた。


(今日も長かったなあ)


いつの日か、彼の腕がわたしから離れない日が来るのではと思ってしまう。日々日に長くなっていくスキンシップ、異様なまでに私のまぶたを気にする彼。彼は何がしたいのだろう。

小さく息を吐いたとき、ちゃぷりとちいさな水の音がした。
ゆっくりとまぶたを持ち上げてみれば、コップに何かがささっていた。暗くてよく見えないけれど、私の水飲み用コップが花瓶へと早変わりしていたことだけはわかった。


「もう、こんな時間に贈り物するのやめてよー…」


贈り物をするならせめて日中にしてほしい−−いや、日中に来られるのもちょっと困る。
普通なら可愛らしいプレゼントをもらったらポッ頬を赤らめたり笑顔になったりするところなんだろうけど、こんな真夜中にそんなことを何度となくされてはただのゾッとした体験にしかならない。

ああもう怖かった!喉の不快感もどこかにいったことだしもう寝よう!
花瓶となったコップはとりあえず適当に近場のテーブルに置いて、私は足早に寝室へと戻った。








コップにさされた花の名前はナンテン。

どんな意味を含んだものか全く知らずに、私はにこにことだらしない顔をしながらあたたかな布団にくるまった。


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