春の柵
(スレンダーマンと自覚してない子)


わたしは彼の顔をほんのすこし、片手で数えられるほどの秒数であったけれど見たことがある。
それは太陽の光がさんさんと輝き、蝉がみんみんジリジリと鳴いていた季節で、まだわたしの手がもみじみたいに小さくそれでもってふくふくと柔らかかった頃の出来事だった。

きゃあきゃあと他の子の楽しげな声であふれている公園の砂場で子供用の丸っこいスコップを片手にひたすら穴をほっている最中、あまりの砂の暑さに耐えきれず顔をあげたのだ。
その視線の先、カラフルに彩られたタイヤやブランコにシーソーなどの遊具、敷地を区切るようにしてつくられた木製の柵、さらにその先にある細長い木が何本も生えているその場所に彼はいた。

なあにあれ、へんなのー!
好奇心から目を細めてまで見たわりにはなんだかいまいちはっきりとしない黒と白。でもなぜだか小さなわたしはその白い部分を「あれは顔だ!」とわかってしまった。

わかってしまった瞬間、うえっと変な声をあげた−−かと思ったらいつの間にか病院送りになっていた。酷く心配そうにしていた母に「へんなのみたの!」と言い、さらに心配させてしまった記憶がある。

わたしが見た彼の顔は無面−−つまりはのっぺら坊、白いマネキンのようだった。遠巻きから見たわりには何故だかその顔に口もなければ鼻も目も耳もなかったことを覚えている。そう、未だに覚えてる。




「ううん…」


格好いいのか可愛いのかなんなのか、これじゃあ部類がわからない。
どこも彼の一部を直視していないというのに痛さを感じる頭にため息をつきそうになりながらも絶対に間違えてでも開くものかとキュッときつめに目を閉じたまま、わたしは手のひらから指先まで全部を使って彼の頭部を確認し続ける。

ここはやや長めにシュッとした感じだから顎に当たる部分かな。ここはちょっぴり面積が広いようなかんじがするから額でいいのかな。ここはきっと頭のてっぺん!

首から頭のてっぺんまで何度も往復するもののこれだと言えるオウトツはなく、あるのはなだらかなカーブばかり。輪郭といっても人間とは微妙に違ったかんじだし、触った感触も柔らかいというよりもなんて表現したらいいのか迷う硬さだという感想しかでてこない。

でも身長は高いしがっしりとしすぎない細身だし輪郭もすらっとしてるし総合したらその外見は格好いい類のものなのかもしれない。


「スレンダーさんは格好いいね」


何か感想をと思いそう口にしてみれば途端にわたしの頬にひんやりとしたものがするりと滑った。彼の指だ。
ゆっくりと頬を撫でるそれは徐々にわたしの体温が移り、なまぬるい熱を帯びていく。あんなに冷たかったのが嘘みたい。

そうして彼が次に触れるのはわたしの唇だ。うっすらと触れる程度のそれはとてもくすぐったい。
下唇を何度も行き来しては思い出したかのように上唇にも触れてくる。唇全体を確認するかのように触れてきたりもする。最後に閉じた唇の中心をトントンと軽く二回触れて終了。

緊張しながらふるふると瞼を持ち上げればそこに彼はいない。なぜだかすこしばかり残念なきもちがわいてきたものの、目の前にいたらいたでわたしの精神と命が終わりを告げかけることを思いだし、もやもやとしたものは心の奥へと引っ込んだ。

それでもわたしはむずがる唇をぐにぐにとさわりながら何度目どころかもはや何年単位かもわからない彼からのスキンシップに頭を抱えた。

都市伝説の、しかも異形相手に格好いいだなんて言葉、どうかしてる。そう、頭がどうかしちゃってるのだ。どうにかなっちゃってる。
なのにどうしてこんなにも胸がどきどきするのだろう。顔も耳も頬も、とってもあつい。



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