「ヴァルバトーゼ様ってかわいいですよね」
「この俺が、か、可愛いだとっ!?」
現在、ヴァルバトーゼは男を惑わす女悪魔として有名な夜魔族に囲まれていた。
夜魔族の一人と談笑していたはずが、いつの間にか一人から二人、二人から三人、三人から以下略と人数が増えていたのだ。
最初は議会について、次に魔界の名所の話で盛り上がりその次は彼女たちの愚痴大会−−そして、紅茶の話から大いに逸れ夜魔族の一人に「かわいい」と言われたヴァルバトーゼはあまりのいきなりさにぎょっと驚いた表情になった。
「ほら、照れて真っ赤になったお顔も含めてとってもチャーミングなんですもの」
「ウフフ、狼狽える顔もかわいいわ」
「握手だけっていってるのに、ハグしてくる議員たちとは大違いね」
彼女たちの目のやり場に困る大きな胸には一切何の反応もしなかったヴァルバトーゼだったが−−可愛いと言われたことに顔を赤く染め、数歩後ずさった。
「俺は男だ、男に可愛いなどという言葉を使うな!」
自慢のマントを引き寄せて口元を隠しながら怒るヴァルバトーゼの姿に、夜魔族たちはきゃあっと嬉しそうな声をあげると更にヴァルバトーゼとの距離を詰めた。
「だって、かわいいんだもの」
「そうよそうよ!」
「抱きしめたくなるかわいさってのがあるわよね」
いくらヴァルバトーゼが否定しようとも夜魔族たちは可愛いの一点張り。
−−可愛いと言われてもちっとも嬉しくないぞ!
むきになって否定するが、否定する分だけ挙がる「かわいい」の四文字にヴァルバトーゼは次第に不機嫌な表情になっていく。むっと唇をとがらせるが、その行動で挙がる言葉も「かわいい」の四文字。
「だから、俺は可愛くなんかないと言っているだろうが−−ってオイ!」
怒鳴ろうとしたヴァルバトーゼだったが夜魔族の一人に背後から思いっきり抱きしめられ、それどころではなくなった。
ヴァルバトーゼに抱きついたのは夜魔族の中ではエンプーサと呼ばれる下級クラスに位置する女だったが、下級だろうが上級クラスだろうが胸は大きい。
背中に押し付けられる豊満なそれに、流石のヴァルバトーゼも焦った。
絡みつく女の腕から逃げようとするが、女と言えども人間や天使と違い魔族の女、力が強く逃げ出そうにもなかなか逃げ出すことが出来ない。
「離れろ!」と訴えるヴァルバトーゼだが、そんな訴えをエンプーサがすんなりと聞くわけもなく−−それどころか他の夜魔族、サキュバスやリリスまでもが「私も抱きしめたい!」と言い出しヴァルバトーゼを抱きしめるエンプーサに交渉を持ち掛け始める始末。
これは非常に良くない状況だ。ああ、プリニーでもプチオークでも何でもいいからどうにかしてくれ−−
「おい、女共。閣下から離れろ!」
突如として響いたその声に驚いたのかヴァルバトーゼを拘束していたエンプーサの腕の力が弱まった。
その隙を狙ってヴァルバトーゼはその腕から勢いよく抜け出すと声の主−−フェンリッヒのもとに駆け寄る。それに対して夜魔族たちは不満げな声を漏らした。
「助かったぞ、フェンリッヒよ!」
「無事で何よりですが−−何故あんな状態に」
知らないうちに囲まれていたのだ、と言うヴァルバトーゼにフェンリッヒは顔を片手で覆った。
一人にさせておくと毎回これである。プリニーたちに群がられているのならいいが、夜魔族はいただけない。いや、個人的には夜魔族以外の女も……。
フェンリッヒはこほんと咳をするとヴァルバトーゼから夜魔族を遠ざけようと、まるで薄汚い野良のネコサーベルを追い払うかのようにシッシッと手を振った。
そのフェンリッヒの行動に夜魔族等はぷりぷりと怒りだすが、その内の一人がフェンリッヒに向かって口を開いた。
「ねぇ、ヴァルバトーゼ様の執事さん」
「なんだ、さっさと何処か−−」
「ヴァルバトーゼ様って、かわいいわよね?」
口角を上げにこりと笑う夜魔族のリリスに、何を言い出すんだコイツはと言う眼差しを送るフェンリッヒ。
だが、フェンリッヒは回答に詰まってしまった。
そんなフェンリッヒにヴァルバトーゼはじとっとした眼差しを送るとフェンリッヒから数歩下がった。
その行動を見たフェンリッヒはあっと小さな声を漏らす。このタイミングで答えられなかったのは失敗だったのだ。
「か、閣下……?」
「お、お前まで、おおおお俺のことを可愛いと思っていたのか!?」
「いえ、あの、」
「クソッ、俺は可愛くなんかないぞ! −−暫くの間はお前と口を聞かん!」
余程「かわいい」という言葉がイヤだったらしい。うわあああと声をあげ駆け出すヴァルバトーゼにフェンリッヒは呆然と立ち尽くした。
行き先はプリニーもどきの小娘や天使の−−いや、この場合はつい最近交流関係を築いた別魔界の魔王たちの所だろう。
夜魔族たちはフェンリッヒのもとから走り去ったヴァルバトーゼの背中を見送ると残念そうに眉を下げ、溜め息を吐いたがすぐに生き生きとした表情になった。
彼女達のすべての視線は、へにゃりと尻尾を下げどんよりとしたオーラを背負う人狼族の男に向けられていた。
「ふふっ、逃げられちゃったわね」
「うるさい、黙れ……」
フェンリッヒに質問を投げたリリスの女が口元を手で隠しながらくすくすと笑う。
ヴァルバトーゼに逃げられたことに精神的ダメージを負ったらしく、フェンリッヒの声に覇気がなかった。
畜生、何をやっているんだオレは−−悔しげに呟くフェンリッヒに夜魔族の女たちは面白そうにその姿を眺めていた。
(私から見ればあなた様は格好良いと言うよりも、可愛らしい存在なのです)