迷惑な暇潰し



「ふはははははっ!」


今日も今日とて地獄に男の高笑いが響き渡る。
燃えるような真っ赤な髪と黒い服で身を固めた男の名はゼタ。宇宙最強と呼ばれている魔王の中の魔王だ。

何故そんな宇宙最強の男が地獄に居るのか−−ざっとかい摘んで話すとヴァルバトーゼ一行と壮絶な戦いを繰り広げ、その結果この地獄に居座り始めたとだけ言っておこう。かい摘みすぎだ、と言ってはいけない。


「魔王ゼタよ、自分の魔界に戻る気はないのか?」

「別に戻っても良いのだが、今我が魔界に戻っても暇なだけだ。まだ暫くは居させてもらうぞ!」

「ふ、ふむ、そうか」

「とりあえず今日はどう暇をつぶしすべきか……。ううむ、思いつかん」


なら帰れ、さっさと帰れとヴァルバトーゼは思う。
魔王ゼタが来てからというもの、フェンリッヒの機嫌は悪くなるばかりでヴァルバトーゼは居心地が悪い日を送り続けていた。

何故フェンリッヒの機嫌が降下しているのかはわからないが、とにかく魔王ゼタが地獄に来てからなのは確かだ。


「よし、思いついたぞ。我ながら良い案だ!」


何かを思いついたらしいゼタは口の端を持ち上げ、にやりと笑うとヴァルバトーゼを指差した。
指を差されたヴァルバトーゼはむっとした表情になる。人(悪魔だが)に向かって指を差すのはよくないぞ、魔王ゼタよ!


「ヴァルバトーゼよ、我は思いついたのだ。貴様を使った暇つぶしをするぞ!」

「……は?」


意味が分からずヴァルバトーゼはぽかんとした表情になる。まあ、貴方を暇つぶしに利用しますと真っ正面から言われれば、誰だってヴァルバトーゼのような反応をするだろう。

その隙を狙い、ゼタは少しばかり屈むとヴァルバトーゼの細い腰を引き寄せ己の腕の中にがっちりと閉じ込めた。


「は、離せ!」

「安心しろ、変なことはせん。我はアレと違い、いたってノーマルだからな!」

「何をす−−」

「ヴァルバトーゼ様ッ!」

「フェ、フェンリッヒか!?」


ゼタの腕の中から脱出しようともがくヴァルバトーゼは突然響いたフェンリッヒの声に驚いた声を上げる。
今のヴァルバトーゼの視界にはゼタの腹筋しか映っておらず、知ることはできなかったがどこからともなく現れたフェンリッヒは尻尾をざわざわと逆立て、怒りに目をつり上げていた。

ゼタの言うところの「アレ」とは−−ヴァルバトーゼの執事であるフェンリッヒのことだ。


「もう我慢ならん! 貴様は地獄に来てからというもの、毎日べたべたべたべたヴァル様に付きまとってばかり……!」

「別に良いではないか。何をそこまで怒っているのだ?」

「黙れ! 宇宙最強だかなんだか知らんがヴァルバトーゼ様から離れろ!」

「ふふ、ふはははははっ! それはできんな。我はコイツを気に入っているのでな」

「−−! き、貴様ッ」


ゼタの「気に入っている」とフェンリッヒの思っている「気に入っている」の言葉の意味は違うのだが−−愛する主君を横取られたことに苛立ちが止まらないフェンリッヒは歯を食い縛った。その姿からは嫉妬心が丸出しなのが見て取れる。
ゼタはその姿を見て計画通りだ、と愉快そうに笑った。

その間もヴァルバトーゼはゼタの腕から逃げ出そうと抵抗していた。
どうにかこの筋肉質な腕から脱出したいところだが−−どうやら無理そうだ。びくともしない。

力の差を見せ付けられたヴァルバトーゼはこれ以上抵抗しても無意味ということが分かると、逃げることを諦め大人しくその腕に抱かれることにした。


「魔王ゼタよ、フェンリッヒが何故あんなにも怒っているかはわからんが……面倒な暇つぶしを計画したものだな」

「お前からしたら面倒かもしれんが我にとっては最高の計画だぞ」


機嫌良く笑うゼタにヴァルバトーゼはふう、と溜め息を吐く。それを見たゼタは、笑みを深くすると腕の中に閉じ込めていたヴァルバトーゼを解放した。

ヴァルバトーゼは急に解放され、視界が明るくなったことに驚く。しかし、解放されたのはほんの一瞬ことだった。


「か、閣下……!」


それを見たフェンリッヒは悲鳴を上げた。ゼタが目にも止まらぬ速さでヴァルバトーゼのことを抱え上げると、米俵でも担ぐかのように肩に担いだからだ。

これがプリンセスホールド−−俗に云うお姫様抱っこだったら、フェンリッヒはどんな反応をしていただろうか。俵担ぎでこの反応ならもっと面白い反応が見れるに違いない。
よし、次はそれをやってみよう−−ゼタは込み上げてくる笑いを押し殺した。


「……魔王ゼタよ、肩が腹に当たって地味に痛いのだが」


腹が圧迫され痛みを訴えるヴァルバトーゼに、ゼタは我慢しろの一言で済ますとフェンリッヒに向かって挑戦的な視線を送る。


「さあ、ヴァルバトーゼの執事とやらよ。主君を返して欲しければ我と戦え!」


フェンリッヒがそれに応えたのは言うまでもないだろう。


(閣下を降ろせ、今すぐにだ!)




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