》ネコミミ閣下続き
「ど、どういうことなのだこれは」
「もとに戻るどころか悪化しているようですね……」
1日もすれば治ると考えていたヴァルバトーゼは頭を抱えた。
猫耳はもとに戻らず存在を主張したままで、それどころか尾てい骨あたりから尻尾が生えてきてしまったのだ。
狼狽えるヴァルバトーゼの心情を表しているかのように髪の毛と同じ色の猫耳はへにょりと元気なく垂れ、細くすらりと伸びた尻尾はだらんと下がっている。
「フェンリッヒよ、俺はどうなってしまうのだ? これでは吸血鬼というよりも猫娘……いや、尻尾の形的には寝子猫族か。それと同じではないか! このままでは吸血鬼(笑)になってしまうぞ!」
「落ち着いて下さい、閣下。猫耳になろうが尻尾が生えようが吸血鬼に変わりはありません。ヴァル様はヴァル様です」
「しかしだなぁ……」
ハの字に眉を下げ上目遣いにフェンリッヒを見上げる。
不謹慎にもその姿に胸を打たれたフェンリッヒは心の奥底で悶えた。可愛いものは可愛いのだ、可愛いと思って何が悪い!
「ん、どうしたのだフェンリッヒよ。顔が赤いような」
「いえ、それはですね−−閣下?」
「……むう」
「どうかなされましたか、閣下?」
「ああ、いや、変だな……」
不思議そうに首を傾げるヴァルバトーゼにフェンリッヒもつられるように小首を傾げる。
「お前の尻尾を見ていると心がむずむずとするのだ」
「私の尻尾…ですか?」
ふわりと揺れる銀色の毛にヴァルバトーゼの眼は釘付けだった。試しにフェンリッヒが尻尾を揺らすと、ヴァルバトーゼの視線はそれを追った。
そして、フェンリッヒはあることに気がついた。
ヴァルバトーゼは気づいていないようだが、先程まで元気なく垂れていた耳はピンと立ち、黒色の尻尾はどこか嬉しそうにゆらゆらと揺れているのだ。
「閣下、大変申し上げにくいことなのですが……」
「なんだ、勿体ぶらずに言ってみろ」
「ではお言葉通りに−−どうやら耳や尻尾だけではなく、本能的な面にまで猫っぽさが現れているようです。今の閣下の状態は、ねこじゃらしを前にしてじゃれる寸前の猫と同じです」
「なっ、お、俺がねこじゃらしでじゃれる猫と同じだと!?」
「はい」
その証拠に尻尾が揺れております、とフェンリッヒがにこやかに答えるとヴァルバトーゼは慌てて尻尾を確認した。
「フェ、フェンリッヒ…」
「はい」
「俺は猫なのか? 本当に猫になってしまったのか?吸血鬼から吸血鬼(笑)になってしまったのか……?」
「精神的に動揺しているのはわかりますがそう落ち込まないで下さい。きっと治りますよ」
ふらふらと部屋の隅っこに移動し、三角座りをし始めたヴァルバトーゼを慰めるため背を軽く撫でてやると耳がピクリと動いた。
暫く撫で続けていると、ヴァルバトーゼは伏せていた顔をあげた。その瞳は今にも泣きそうだ。それを見たフェンリッヒは何か胸に来るような熱い気持ちが−−ではなく、少しでも気分を和らがせようと口を開く。
「閣下、今日は閣下のお好きな分だけイワシをお食べ下さい。少しでもその気分が晴れるのであれば−−」
「それは本当かフェンリッヒよ!」
「か、閣下!?」
先程とは打って変わって赤い瞳をキラキラと輝かせると、ヴァルバトーゼはフェンリッヒに飛びついた。
不意打ちかつあまりの勢いにフェンリッヒはヴァルバトーゼのことを支えることが出来ず、押し倒される形で後ろに倒れる。
倒れた拍子に頭を強打したフェンリッヒは痛みに呻くがそれどころではなかった。ヴァルバトーゼが喜びに眼を細め顔を近づけてきたかと思ったら、頬をぺろりと舐めてきたのだ。
ざらりとしたヴァルバトーゼの舌の感触を頬に感じたフェンリッヒはぎょっと目を見開き、顔を赤くさせると慌てて飛び起きた。
「かかか、閣下あああ!?」
「どうしたのだフェンリッヒよ、そんなに慌てて」
「い、今、私の頬を!」
「頬?」
尻尾を揺らせながら不思議そうに首を傾げるヴァルバトーゼ。
どうやら自分が何をしたのか分かっていないようだ。
「無意識ですか? 無意識なのですか、ヴァルバトーゼ様」
「無意識? 一体なんのことだ」
無意識でした。
眼をパチパチとまばたかせるその様子に、フェンリッヒはヴァルバトーゼの両手を素早く取るとがっちりと握る。
「ヴァルバトーゼ様、あなた様のためにも私のためにも一刻も早くそれを治しましょう。色々と危ないので」
「フェンリッヒよ、真顔が怖いぞ」
察して下さい、と言って察してもらえたらどんなに楽なことか。
フェンリッヒの気も知らず、ヴァルバトーゼはまたも上目遣いに小首を傾げると尻尾をゆらりと揺らした。
(私の理性が危ない!)