「何故、ヴァルバトーゼ様があんなお姿に! 犯行に及んだ奴は誰だ、今すぐにでもその身体を引き裂いてやる!」
「ひえええッス! オレは犯人じゃないッスよフェンリッヒ様ー!」
ある朝、フェンリッヒがものすごい勢いで取り乱し騒いでいた。
頭を鷲掴みにされたプリニーは抵抗する間もなく投げられ、悲鳴をあげながら地面にぶつかり大爆発を起こした。一体これで何匹目になるのだろうか。
その稀にみないフェンリッヒの怒りように彼の近くにいたプリニーたちは皆がたがたと怯え、我が身大事と関わらないようにするのに必死だ。
−−魔神に神様仏様、大天使様にプリニー神様、誰でもいいからフェンリッヒ様を止めてくれッス!
プリニーたちは今現在の自分達が悪魔だと言うことも忘れ、天に祈った。そしてその祈りはすぐさま叶えられ、小さな救世主が現れた。
「ちょっとちょっと、どうしたのよフェンリっち。朝から騒いじゃって!」
プリニー帽を被ったツインテールの少女−−風祭フーカがプリニーたちの前に現れた。
うぎゃああっス、怖いっスというプリニーたちの悲鳴と爆発音が気になって見にきたのだ。
「ヴァルバトーゼ様に猫の耳らしきものが生えた。小娘、まさかお前の仕業ではないよな?」
「はぁ〜? なんで私の仕業になるわけ。そんなことするワケないじゃん。フェンリっち、夢でも見てたんじゃないの?」
フーカの言葉にフェンリッヒは舌打ち、来いと一言だけいうとフーカに背を向けて歩きだした。証拠を見せるからさっさと来い、ということらしい。その選択肢を選ばせないフェンリッヒの行動にフーカは顔をしかめる。
(ヴァルっちにネコ耳ぃ? フェンリっちったら、ついに頭がいかれたのかしら!)
悩んでいても仕方ないので、フーカは不本意ながらもフェンリッヒのあとをついて行くことにした。
これにより、その場に残されたのはプリニーだけとなった。暫くの間プリニーたちは誰一匹とも口を開かなかったが、脅威が去り平和が訪れたことに気付くと一斉に歓喜した。
「フーカさん、ありがとうッスー!」
この出来事の終結後、プリニー達の間でフーカのファンクラブが設立されたとかなんとか。
*
一方、フーカとフェンリッヒは目的地に着いていた。
フェンリッヒがノックをし、一言断りをいれて入った部屋にフーカも続いて足を踏み入れてみれば、そこには椅子に座ってこちらを見ているヴァルバトーゼの姿があった。
「おお、フーカか。よく来たな」
「やっほーヴァルっち。ってあれれ、それってまさか…」
フーカは目をぱちぱちと何度か瞬かせるとヴァルバトーゼの耳に注目する。
フェンリッヒの言っていた通り、猫のものと思わしき黒色の耳が可愛らしくぴょこんと存在していたからだ。
「え、うっそー。ヴァルっちマジでネコ耳になっちゃったわけ!?」
「ああ、そうらしい。フェンリッヒに言われるまで気づかなかったがな。それにしてもこの耳、まるで猫娘族のようだな」
「ヴァルバトーゼ様、落ち着いている場合ではございません!」
ネコ耳になった本人はあまり気にしていないようだった。むしろ、猫なのだからこの状態でイワシを食べたら更なる美味しさを感じられるのではないか、と言い出す始末。
そんな上機嫌に話すヴァルバトーゼに合わせ、黒色の耳がぴくぴくと動いた。
それを見て、フーカの好奇心がくすぐられる。
この耳は本当に本当の本物なのかしら。できたらちょっとでも触ってみたいかも、と。
「ねーえ、ヴァルっち。あのさ、耳触らせてよ!」
「こ、小娘!? いきなり何を言い出す!」
「フェンリッヒのいう通りだ。何を言い出すかと思えば、耳を触らせろだと?」
「だって本物か気になるんだもん。それに、それが本物のネコ耳ならヴァルっちは猫と同じってことになるじゃない。つまり、イワシがいつもより美味しく食べられる可能性が高いってことなのよ!」
「そうか、なる程!」
「閣下、こんなアホの言うことに疑いもせず納得しないで下さい……!」
疑うの『う』の字もを知らないヴァルバトーゼはフーカの言葉に納得すると、触ってよしと一言告げた。
イワシを餌にした作戦は難なく成功を果たし、フーカはにんまりとあくどく笑うとヴァルバトーゼの耳に手をのばす。フェンリッヒが止めに入ろとするがフーカの方が一足速く、その手はヴァルバトーゼの耳を掴んだ。
掴んだそれは予想以上になめらかで触り心地が良く、フーカは驚く。耳の先ををピンと弾いてみると、ヴァルバトーゼの耳はぴくりと動いた。
(これ、面白いかも!)
撫でては弾くを繰り返しているうちに、フーカはヴァルバトーゼが微かに震えていることに気がついた。
不思議に思いつつもフーカは撫でることをやめず、耳の根元あたりをすっと撫でる。
その時、ヴァルバトーゼの身体がびくりと大きく震えた。
「フ、フーカよ。これ以上触るのは、止めて欲しいのだが」
ヴァルバトーゼからもごもごと弱々しい声が聞こえ、フーカは触るのをぴたりとやめると視線を耳から俯き加減なヴァルバトーゼの顔に移す。
フーカの瞳に映ったヴァルバトーゼの顔はうっすらと赤く染まっていた。困っているのか弱々しく下がった眉、極めつけに潤んだ瞳。さらには、あえて相手を見ずに視線をそらすその姿!
こ、この姿は!
ここここ、この姿は!
フーカは唾をごくりと飲みこみ、率直に一言。
「ヴァルっち、エロッ!」
顔を赤らめたフーカがエロいエロい、と興奮混じりに騒ぎ始めた。
その言葉を聞き、今の今までがっちがちに固まり黙り込んでいたフェンリッヒは顔を赤くして怒鳴る。
「ヴァルバトーゼ様に向かってそのような言葉を吐くな小娘!」
「エッロ、ヴァルっちまじエロいんですけど!」
「だから黙れ! 閣下から離れろ!」
「フェンリっちは邪魔しないで。ヴァルっち、もっと耳触らせなさいよ!」
「だ、断固として断るッ!」
キャーキャーと騒ぐ女子のテンションとは恐ろしいものだ。ヴァルバトーゼは赤い顔のまま、猫のような耳を守るように手で覆った。
しかし、そのヴァルバトーゼの行動は逆にフーカの胸の中に燃える炎の勢いを強くさせるものだった。
フェンリッヒは片手で顔を覆い溜め息を吐くと、ヴァルバトーゼに襲いかかるフーカの頭に重い一撃を喰らわせた。
(閣下、その行動は逆効果です)